表裏卑怯の末路
中荒隅城軍議室。
雨が降れば、雨の音に川の音。そして大雨でも鳴く野鳥の声で実に賑やかである。
京武士達が囲炉裏を囲う。
大陸地図を広げれば、みな口には出さねども『仙野多摩』が視界に入り込んでくる。
西部方面軍は実質、軍が無くなったようなものだ。
そうなってくると、身近にいる脅威は仙野多摩の中央方面軍。
いつの間にか中荒隅にも二千の常備兵と将が送られてきている。
懸念される要素としては、ザウター皇子の並はずれた武勇と、空を飛ぶ化け物。しかし、その化け物の餌は燃やし尽くした……。
会議は、菊千代の欠伸から始まる。
「まあ僕もね、今更仙野多摩を奪還することに意味なんてあるかと思っているんだよ。この間の晶くんの奇襲で、畑を燃やし切ったなら、使えるはずだった空路を諦めて地上から京浜大志に行くだろう」
「中荒隅には来ねえってか」
いつも通り、綾鶴が突っかかる。
「くるわけないでしょ。今更中荒隅なんかきてなんの意味があるのよ。地図を見なさいよ全く……。
まあいいや。本題に戻ろう。問題なのは、さすがに荒神がそろそろ危ないんだよね」
実峯が、大陸地図の荒神を指す。
「現在、飛騨高雄からリヒトが首都荒神に攻め込んでます。
……兵数はそこまで多くないようですが、どう言うわけか東部方面軍を殲滅できていない状況です」
「柳谷がいて、加賀美がいて、忠盛のおっちゃんもいる。
なのにスタンウェイの坊ちゃん相手に手こずっている。まあ、坊ちゃんも必死なんだろう。僕らが仙野多摩を奪還することに意味はない。だけれども、荒神を助けたいんだったら、僕らがいくしかないよね」
すると、晶は重々しく口を開いた。
「皇子の居場所なら知っておる。拙者と、マーラ、レイドヴィヒ、それから寧々殿で都市部を撹乱させる。
……策が成れば、綾鶴、お主が兵、千を率いて京浜大志を奪還せよ。
……それでいかがでござるか?」
菊千代は欠伸で返す。
「いんじゃない? で? ザウターはどうすんの?」
「……拙者が決着をつける」
途端に、今まで黙っていた将兵がざわつく。
「一人、ムリだ! 私もいく!!」
マーラが必死の剣幕で訴えてくる。
「いいや!! ……もう目の前で同志を失うのは御免でござる」
ふぁああ。
とびきり大きなあくびが聞こえた。
「何も悲壮感漂わせることないんだよ。直接対決はこの際悪手だと思うけど?」
「わかっておる! しかし……あやつは光太郎の仇。
剣による仇は、拙者は剣で返す」
晶が言うと、菊千代は好きにしなよ。と目を閉じた。
「時に……朧の姿が見えぬが?」
ふが。と、菊千代が目を覚ました。
すると次に湧き出すのは不満の声である。
主に真面目な実峯の声だ。
「なんなのですか!? 彼は!! 人前でタバコを吸うし、リヒト産の如何わしい麦酒飲んでフラフラしてるし!! 処罰しなくていいんですか!?」
すると菊千代は頭を掻いて、言った。
どこか訳知り顔である。
「いいんだよ。彼は。あれで」
* * * * *
晶達は山岳から侵攻。広大な仙野多摩にあるいくつかの兵営、将軍の家を、手練れの京武士が襲撃。敵が混乱したところで、兵士千を率いる綾鶴隊が制圧する。
晶達が仙野多摩に辿り着いたのは三日後の昼。
「……今日で、中央方面軍と決着をつける。
……八曜のご加護を。我らをお護りください」
「「八曜のご加護を」」
皆、『二』のポーズを作り、礼をして、リヒト兵が五千いる仙野多摩に忍び込んだ。
* * * * *
晶がここにきたのは二度目のこと。
寄席を改築した城である。
飾ってある植物の種類は様変わっている。
警備の兵がそこら中にいる中、晶は城の二階から忍び込んだ。
階段を降りるたびに、光太郎の顔が浮かぶ……。
あの時は、一太刀も与えられなかった。
……晶は目を閉じて、息を吐き、一階に降りると……話し声が聞こえる。
階段より覗き込めば、ザウターの部屋を見張る兵が二人。
(八曜の神よ、力を)
晶はダッと飛び出し、二人を一瞬で処す。
そして扉に耳を当てる。
リヒト語で……この声は、ザウターと……朧?
扉をそっと開けて、中を覗き込むと、ザウター皇子と朧が親しげに、お茶を飲みながら話している。
(あやつ……何をしにここへ?)
そして、ザウターが自慢の庭を朧に見せようと、庭に案内する。
ザウターが視界を自分から逸らしたのを確認すると、
朧はその場に留まり、ザウターのお茶に何かを混ぜて付いて行った。
誰もいなくなった部屋に、晶が静かに忍び込む。
* * * * *
俺は第一皇子に庭を案内される。正直、ショクブツなんてどうでもよかった。
そう、俺はザウター皇子ともツーツーの関係だ。
同時に、中荒隅の菊千代さんとも仲良くさせてもらってる。
どっちにつくか、俺は選べるわけだ。
ザウター皇子はいい人だけれども、俺は今回は菊千代さんを選んだ。
俺を特別扱いしてくれるし、彼の作ろうとしてる街は京やリヒトなんてつまらない街じゃない。
スタンウェイなんて皇帝の器じゃない。万が一リヒトが荒神を落として終戦するなんてことが起きたって、中荒隅に手は出せないだろう。
逆に京国が逆転したら、俺は皇子を二人も殺したっていう功績を以て取り立てられる。
あとは好き勝手生きるさ。
庭から帰ってくる。
皇帝も喉が渇いた頃だろう。
さあ、その死に顔を拝んでやろうと、俺が正面に座ると、ザウター皇子はニヤっと笑って俺を見た。
ガシャン。
俺の頭は、大剣の腹とテーブルに挟まれる。
激痛が頭から爪先まで走る。
そんな、バレたってのか……
俺は必死で皇子の紅茶を覗き込むと、明らかに色が変わってる!
馬鹿な!! 俺がそんなミスをするわけがない!!
皇子は部屋を出ていく。俺は這うようにして出口に向かうと、部屋にもう一人現れた。
竹中晶だった。
「た、大将……」
俺は晶に這い寄る。
「大将……助け……て……」
すると、奴はこんなことを言った。
「お主は信仰に殉じたのだ。八曜のご加護を」
……その瞬間、全てを察した。この野郎か、俺が毒を入れた紅茶に細工しやがったのは……。全て俺を殺すために。
何が八曜の信徒だ。薄汚え野郎め……
そして、京武士がする『二』の姿勢をとって、俺に深々と頭を下げた。




