必要悪
その晩、晶は菊千代に呼び出された。
いつもの軍議室。囲炉裏の前。
そしていつもの姿勢で囲炉裏の火の、炭を火鉢でいじっている。
「朧、閉じ込めたんだって?」
一言目がこれだった。
この場には、綾鶴はいない。実峯もいない。
菊千代と二人きりである。
朧の扱いに関して、腹を割って話そうというのだろう。
晶は真顔のまま頷く。
「リヒトと繋がりがあるにござる。
このままにはしておけぬ」
すると菊千代は火鉢を囲炉裏に刺して、晶に面と向かって言い放った。
「甘いねえ」
と言われて、晶は最初何を言われているのかがわからなかった。
「……拙者に、八曜教徒を斬れと申すか」
「そうじゃないよ。いいかい? 朧には使い道がある」
晶はカクンと頭を下げ、小さく唸り声を上げる。
「……切れ者なのはわかっておる。しかし、八曜の信仰を隠れ蓑に中荒隅を陥れる人物にござる。同じ信徒としては許すわけには」
「甘い。甘いよ。それでは京武士と一緒だ」
菊千代の言葉がピシャリと当たってくる。
「甘い……でござるか」
「いいかい? 彼は確かにリヒトと繋がってる。
……だからこそ使い道がある。君にもわかるだろう」
囲炉裏を挟んで禅問答である。
晶は小首を傾げつつ……
「全くわからぬ。誤情報を流してリヒト中央方面軍を混乱させるにも、奴は切れ者。
こちらの誤情報は全て看破される気がしてならぬ」
「そうじゃあないでしょ。彼の経緯。それから今の現状を鑑みれば、わかるはずだよ」
朧の経緯……晶は小首を傾げたまま、考えた。
「朧は……息子を亡くしている。……仙野多摩で」
「そう。そしてその仙野多摩に今居座っているのは?」
「……リヒト中央方面軍……」
「君は、中荒隅をリヒトが占領したとして、リヒト兵に他の都市を売れるような真似ができるかい?」
正論を言われて晶の口が澱む。
「拙者は致さぬ。されど朧の考えていることなど朧にしかわからぬ。奴はそういう人物にござるよ」
「だからさあ」
菊千代は起き上がった。そして……囲炉裏を火鉢でほじくり返している。
「今、僕たちはあいつに精査されてるんだよ。
どっちにつくか。君に、中荒隅に、リヒトを打ち倒すほどの価値があるか」
晶はいまだに項垂れている。
「あいつはどっちにも行ける。
……使い方次第では、金座将軍を殺した鳥だって、光太郎を殺した皇子だって、あいつの献策次第でどうにでもなるかもしれないよ?
ああいう奴には飴を配っておくといいのさ。あとで役に立つ」
「それが……それが八曜の神を裏切る結果になりはしないだろうか……」
未だ項垂れる晶に、菊千代は言葉を投げる。
「あいつのことは僕に任せてよ。ああいう奴は慣れてる」
* * * * *
結局その晩のうちに朧は解放され……
城に戻ることが許された。
そして……どこから持ってきたのか、菊千代は朧にタバコを振る舞う。
「エー! いいんですかい! さっきまで独房に入れられてたと思ったら、こんなものを! それも晶さんの前で!!」
晶は目を閉じ、歯を食いしばって我慢している。
「イヤー気分いいね。
どこで手に入れたんです? タバコなんか」
「京浜大志の行商人さ。彼らは国を跨いで商売しているからねえ」
「ボロい商売だね! これは! ハハハ!! ……で?
俺に何か頼みたいのかな?」
「いやあ。……ちょっと鳥がこの辺りで巣を作っちゃってさ。
迷惑しちゃってるんだけど。
何かいい知恵を貸してくれない?」
「鳥ですかー? ハハハ……」
朧はタバコの煙を燻らせる。
そして、晶の鼻スレスレに副流煙を吐き出す。
「あー気分がいいねえ。
そうだなあ……なあに。ちょろいことでさあ。
餌をなくしちまえばいいんですよ」
『餌』……その言葉に晶は反応した。麻薬漬けにされたリヒト人だ。
あれは……鳥の餌だったのか……
「俺が知ってる餌場は二つ。
一個は西部方面軍管轄で、一個は中央方面管轄。
その二つの餌場をなくしちまえば、鳥は人間のいうことを聞かなくなる」
気がつけば、晶は身を乗り出していた。
「その餌場は!! どこにある!!」
すると朧は、ニヤリと笑って、一本タバコを晶に差し出した。
「すいます?」
晶は歯軋りをして、朧を睨んだ。
「キシシ……キャハハハハハ!! 冗談でさあ。
さあねえ。でも、仙野多摩に最近でかい畑ができたって知ってます?
なんの畑かは……知りませんがね」
「……」
晶は刀を取って、軍議室を出た。
部屋からはまだ、菊千代と朧の笑い声が聞こえてきた。




