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中荒隅奇襲

 朝起きる。

 中荒隅《なかあらすみ》に城はあるが、晶は「自分の家があるから」と言って、一人で過ごしている。

『カンプフ・フュア・ディー・フライハイト』で焼け落ちた家を、自分一人で建て直してそこに暮らしている。


 京国本国から恵んでもらった米を炊いて、羊の肉を食い、ちょっとした朝の支度を済ませると朝の礼拝に出かける。

 寝癖頭のまま寺子屋に赴いて子供達や、マーラやレイドヴィヒに読み書きを教え、昼を過ぎたら道場で剣の稽古をつけ、

それが終わる頃には陽も傾いて露天風呂に浸かり、家に帰って夕食《ゆうげ》をいただき、夜の祈祷を済ませて眠りにつく。

 晶が村にいるときは、だいたいこんな生活を繰り返している。


 * * * * *


 とある稽古終わりに、風呂に浸かっていた時である。


「ちょっと、隣失礼しますよ。晶さん」


 ……耳にまとわりつくような声だ。

 最近は、自分は軍師の扱いだからということで、城に一部屋強引にもぎ取ったそうだ。

 妙に菊千代とは波長が合うらしい。

 晶はそうではなかった。というより、朧のような人種が何を考えているのか、理解ができなかった。

 

 朧という男は一応、朝の礼拝には参加している。

 傘槍川に向け、祈祷をするのだがその時浮かべるこの男の、笑顔の裏がまるでわからない。

 京人の姿をしていて、八曜を信仰している体《てい》が保たれていれば、斬られたり差別されたりすることはないのを知っているのだろう。

 

 晶は何も応えず、ぼんやり遠くを眺めた。


「晶さんね、聞きたいことがあるんですよ」


「……何か」


 蜘蛛の巣を払うように、晶は返した。


「この村にね、お墓があるんですが、あれぁ、誰の墓ですかい

 いやあねえ、どうも変だって思ってるんですよ。

 墓なんて、リヒトじゃあともかく京じゃあ滅多にお目にかかれねえ」


 ……この男、知ってて聞いているに違いない。


「……三枝小十郎。拙者の右腕に御座った」


「いや、その墓じゃねえんですよ」


 朧のこの一言で、晶の背筋に冷たいものが走った。


「晶さん。あんたの家の裏にある墓です」


「……なぜそれを?」


「《《なぜそれを知ってるか?》》ですかい? イヤだなあ。城から見下ろせるんですよ。逆になんで、墓を壁で囲って隠してるんですかい? あれは誰の墓です」


「……誰も何も、拙者の家族のものに決まっておろうが」


「墓は三つ。父さんと母さんと、あとは兄弟さんってとこですかねえ。

 イヤア俺が気になってるのはね、《《誰が建てた墓なんだろう》》ってことなんでさあ」


「……拙者に決まっておる」

「だとしたら変でしょう? あんた、仙神堀《せんじんぼり》で修行してたって言うじゃないですか。

 へへ。ごめんなさいねホントは聞いたんですよ。あんたが仙神堀で修行している時、賊が入って、ご家族を斬ったってね。

 あんた、それを中荒隅に帰ってきてから聞いたって言う。

 だとするなら、どなたか村の方が、あんたが供養できるように墓を建てたんですかい? まさか、下手人が自分で墓を建てたわけがねえ」


「……お主が何を知りたがっているのか、わからぬ」


「イヤ引っかかりますよ。興味ありますね。

 あんた、仲間が死んだときはあんなに怒り狂うのに、下手人には興味ないという。

 これでも俺も家族を殺された身だ。気持ちはわかりますぜ。

 ……どんな手を使っても、たとえ差し違えてでも、無念は祓ってやりてえ。

 これが本当のはずです。なのにあんたは興味ないと言う。なぜです?」


 晶は答えられなかった。


「……浅井義昭《あざいよしあき》。

 あんたのお父さん、有名な方だったんですなあ。そして、あんたが通ったと言う仙神堀の道場は、『表義昭流剣術』これは、どういう偶然ですかね?」 


「偶然も不可思議もない。父親の道場にござる。そこに拙者が通うのになんの不思議があるものか」


「父親から直に剣術が学べるのに?

 ……本当はこうじゃないですかい? あんたは賊に家族を殺されて天涯孤独の身、仙神堀には預けられた」

 

 キシシ……と朧は笑う。

 その瞬間だった……


「敵襲!! 敵襲!!」


 村中に声が響く。


「おおっと……これは、大変だ……」


 晶は裸のまま立ち上がり、叫ぶ。


「女子供は城に避難させよ!! 戦えるものは武器を取るにござる!」


 そして濡れた体のまま浴衣を羽織り、転げるように城の前まで駆け出す。


 * * * * *


 すでに斬り合いが始まっており、城を守るようにマーラとレイドヴィヒ。

 それから藤文が構えていた。


「遅れてすまぬ。敵はどこから!?」


「山の麓からです」


 構えながら藤文が答える。


「……中央方面軍が、中荒隅に来たでござるか……!

 一体なぜ!?」


 すると呑気に城に入っていく途中の朧が答えた。


「弟の仇討ちじゃないっすかねえ……」


 キシシと笑いながら城に入っていく。


 晶は朧を見向きもせず……


「敵は麓から……せいぜい千。防げる数にござる。

 敵将は……麓!」


 晶は駆け出す。


「風吹、藤文、綾鶴は兵を率いて防衛に徹せよ!

 マーラ、レイドヴィヒ! 拙者について参れ!!」


 * * * * *


 麓から 駆け上がってくるリヒト兵を斬り倒しながら晶は考えた。

 なぜ、今頃になって中央方面軍が中荒隅を攻撃する?

 

 リヒトは今、本国攻めに必死の筈にござる……

 弟を救い出すつもりは無いのか? それとも……


 兵が駆け上がってくる方を目指すと、篝火が灯っている敵陣を見つける。


(……八曜の神よ! 我を守り賜え!!)


 * * * * *


「八曜の名において成敗致す!! 覚悟!!」


 晶が単身、敵陣に討ち入る。

 その間マーラとレイドヴィヒは篝火を斬り落とし、火を消火する。

 暗闇になるまでの間に晶は敵将を探す。

 

(……見つけた! 敵将は……オリバー・ベルク! 中央方面軍、夜襲が得意か……!)


 頭の中で、加賀美の書いた『リヒト戦力図』の文言を思い出す。

 と、あたりが暗くなる。


 マーラとレイドヴィヒが明かりを落としたのだろう。

 

 晶は迷わずオリバーの元へ駆け込む。


 そして必殺の突きを繰り出すが、オリバーは晶の初撃を弾き返した。


(ぐ! さすが、暗い所は得意にござるか!)


 晶はすかさず青眼に構え、オリバーも暗闇で上段に構える。


(オリバーは歴戦の戦士。この剣は受けられぬ……)


 それでも恐れず晶は相手の間合いに入っていく。

 晶が間合いに入ると、暗闇の中オリバーは全力で剣を振り下ろす。

 晶は、すり足の、軸足から駒のように右に回転しながらオリバーの左脇に回り込み、胴を回転斬りで抜いた。

 リヒト人を斬った数なら、晶の方がはるかに優っていた。


「敵将オリバー、討ち取った!!」


 するとリヒト兵は、さらに麓まで駆け降りていく。



 * * * * *


 中荒隅の方も、決着はついたようである。

 

「こちらの被害は少ないです。……日頃の鍛錬が功を制しました……」

 

 藤文が汗を拭いながらいう。


「うむ。よくやった。……ところで、朧を呼べ」


 晶の目は、座っていた。


「へいへい。なんでござんしょう」


「朧、お主を更迭する」


 晶の顔には、表情が無かった。


「……理由を、聞かせてもらいましょうか?」


「此度の中央方面軍の奇襲にござる。

 ……お主は中荒隅の事情に明るくなった。……ここに『戦況を覆す何か』が送られてくることを知っている。

 それがなければ、今更リヒトが中荒隅を攻める利は特にない。

 その上、リヒトとも繋がりがある」


「……信用がないですなあ俺は」


 すると、やや遠くで聞いていた綾鶴が近づいてきた。


「この場で手打ちにされなかっただけ感謝しろ。ここが荒神や仙神堀だったらそうなってた」


 朧はじっと晶を見て、ニヤっと笑った。


「へいへい。とんだ言いがかりと言いたいですがね。

 大人しく捕まっときましょ」


 朧は兵に拘束され、連れて行かれながらも晶を見、キシシ……と笑った。


「……それより、中央方面軍はまた来ますかね……」


 不安そうに藤文が言う。


「来るとしたら、非常に厄介にござる……」


 晶は、空を仰いでつぶやいた。

 いつぞやの妖が、中荒隅までくることを憂いていた。


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