人の罪、朧の罪
第二皇子を斬った凱旋で、晶は悩んでいた。
晶自身の配下を殺し、自分の国の皇子まで売るこの男が、
目の前で『八曜、流誓の礼』すなわち『二』のポーズをとり、八曜への入信を願った。そして、中荒隅に住まわせてほしいと言うのだ。
理性が歪む。
こんな経験は初めてだった。
自分が縄を引いて歩くこの男は、八曜を信仰しながらも、世界が滅ぶのを願っているような男だ。
人が憎い。京人が憎い。リヒトが憎い。人間の名前がつくもの全てが憎い。
まさに憎悪の化身。そして……実際にこの男の憎悪と頭脳で以って小十郎が、藤が、そしてリヒト第二皇子までもが葬られた。
非常に危険な男である。
理性が歪む。
鼓動が頭に響いて痛む。
こんなやつは斬ってしまうべきだと本能が叫ぶ。
しかし……この男は今や八曜教徒。
悪人でも、売国奴でも、自分には斬れなかった。
中荒隅に向かう道中、何度も自分の顔が浮かんだ。
……いや正確に言えば、自分と同じ顔が浮かんだ。
その顔が言うのだ。
「なぜその男が斬れない」
「そいつはお前の戦友を殺した。敵手とはいえ敬意を払うべき相手を殺した。なのになぜお前は斬れない」
「そやつの信仰は嘘に決まっている。なのになぜ斬れない」
「なぜ斬れない」
「なぜ斬れない」
すると、自分と同じ顔から、真っ赤なものが滴り落ちる。
「『この俺を斬っておいて』」
* * * * *
中荒隅に戻ってきた。
兵に命じ、朧は牢に閉じ込めることにした。
中荒隅城にて……
「とりあえずおめでとう。これで中荒隅の脅威は去ったわけだ」
囲炉裏を囲み、この場には何人かの将が居たが、誰一人としておめでたい顔はしていなかった。
「もう一つ良い知らせだ。ゾ・ムスがヴァッサークッペを制圧したよ。
今、彼らが駐留してる。
なぜかハイデ・アルエルクからリヒト兵が来なかったみたいでねえ……」
晶は頷いた。
続いて、菊千代の口から本題がくる。
「で……藤十郎はどうしたの?」
「……拙者を守って、逝ったにござる」
菊千代の口から大きなため息が漏れる。
「話を聞こうか」
「……朧の策にござった。拙者達が刺客を出すのも、皇子が斬られるのも」
慌てて割って入ったのは実峯だ。
「そんな! 信じられません!! 本筋なら私たちはグスタフ将軍が率いるリヒト兵三千に中荒隅を明け渡してる所なんですよ!? それが三千を破った後に二千を破り、その上刺客を送るだなんて……そこまで読み切れるわけがありません!!」
「いーや。……晶くんこと『西の亡霊』の噂はリヒトに広まっている。
あの三千に僕たちが勝とうが負けようが、ずっと来るのを待っていたんだろう。晶くんがハイデ・アルエルクに来ることをさ」
「するとオメエは、晶を死なせる献策をするところだったってことだな」
綾鶴が詰めると、菊千代は寝ながら頭を掻いた。
「おっかない顔するんじゃないよ。僕だって想定外だったさ。第二皇子がそこまで嫌われていたなんて」
「ごまかすな! おめえの策で仲間が死んだんだぞ!! 下手したら晶だって死んでた!! そうなってたらどう責任を取るつもりだったんだオメエは!!」
藤文の制止を振り切って、綾鶴が立ち上がった。
「やめよ綾鶴。ここで西部方面軍を止めておかねば、もっと被害が出ていたかもしれぬ。そして結果的には京国はハイデ・アルエルク攻めの橋頭堡まで手に入れたのにござる。……成果だけ見れば、拙者達の大勝にござる」
背筋を伸ばしたまま、晶は滔々と告げる。
綾鶴は引っ込みがつかないままである。
「納得がいかねえ! お前はそれでいいのかよ!!」
「良いも悪いもない! ……お主こそ、やがては中荒隅の長となるべき男にござる。
理性や感情ではなく、タテ・ヨコ・現実でものを見よ」
綾鶴は京国から正式に中荒隅配属となった、名家柳谷の将である。
ゆくゆくは中荒隅を取り仕切るのは綾鶴、もしくは同じく名家の菊千代であるのは、仲間内では暗黙の了解だった。
その事実さえ綾鶴本人はまだ納得できていない。
「……それで、どうするんだ。その朧って野郎は。当然中荒隅からは追い出すよな?」
綾鶴の発言の後、一同黙り込む。
「んー? 別にいいんじゃない? ウチで軍師として雇ったら。キレものなんでしょう?」
「じ、冗談じゃねえ! 二度も主君を裏切る表裏比興を信じろってか!?」
「そいつが裏切るようなら、中荒隅もそれまでの街だったってことだよ。
……《《全ての人間の居場所を作る》》って言うのは、そう言うことだろ?」
菊千代は敢えて晶の言葉を用いてそう、発した。
「……綾鶴。拙者も、菊千代と同じことを考えているにござる」
晶に言われて綾鶴は思わず彼を見た。
口をぎゅっと結んでいる。彼にも迷いはあるのだ。
結局、朧は牢から出され、長屋の一つを与えられた。
* * * * *
晶は寺子屋のある広場の、木陰に腰をかけた。
『全ての人間の居場所を作る』それは容易な事では決してない。わかっていた。
……自分が一番、わかっていたはずだった。
ぼんやりと、小十郎の墓に目がいく。
すると……
「晶てんてー!!」
子供達が駆け寄ってきた。
晶は笑顔で応じる。
「ねえ、てんてー! こじゅろうてんてーは、まだ帰ってこないの?」
晶は、表情が固まったが、すぐに子供の頭を撫でて、こう言った。
「小十郎先生は、おるにござるよ。ここにおる」
「えー? どういうことー?」
「……ずっと、お前達のそばにおるでござるよ。の。小十郎」
そう言って、一人一人の頭を撫でた。




