クーダー
半ば気絶するように、森の木にもたれかかって眠っていた晶を起こしたのは、
山岳地帯の強い日差しと、遠くから聞こえた男のうめき声だった。
まず周りを見渡す。
近くで、小十郎、マーラ、レイドヴィヒが同じような姿勢で眠っている。
ひとまず、無事である。
……とりあえずは、諦めてくれたか……
思い出すのも憚れるほど、恐ろしい体験だった。
見たことも聞いたこともない動物に、空中から襲われる。
それを操っているのは、同じ人間。
あれが悪夢ではなく現実だとしたら、リヒトは恐ろしい兵器を手にした事になる。
……悪夢ではない。
金座殿が、自分の代わりに逝った――
一人で森を引き返し、昨日逃げ回っていた草原の近くまで来てみたが、未だに森から出るのが怖い。
何度も空を警戒する。この辺りの気候にしては珍しく、今日も雲ひとつない。
一歩、また一歩と草原に足を踏み出す。
そこに何もいなくても、背後に気配を感じてしまう。どこからか見られている妄想が離れない。
あの、妖の眼に……。
非常に気色の悪い数歩だった。
ようやく金座の落とした刀を見つけた。遺物は、これしか残っていなかった……。
晶は、剣をその場に深く突き刺し、『二』のポーズを作って祈った。
* * * * *
森に戻ると、三人とも起きていた。
「……金座殿は?」
小十郎が聞いてきたのはまずそれだった。
晶は首を振った。
そしてその場で四人で祈った。
* * * * *
晶は地図を広げる。
「ここは……おそらくもう少し北に出れば中荒隅。
リヒトの管轄的には西部方面軍であってるでござるか?」
晶が問うと、マーラもレイドヴィヒも頷いた。
「何か気になるのか」
「……この辺りではしない、不自然な甘い匂いがする。
あと、このうめき声はなんでござる?」
晶が何を言っているのか、残りの三人にはわからなかった。
「……何にしても、中荒隅近郊の山に、リヒトの何かがあると思った方が良い……」
晶は森を西に向かって進み、三人はそれについていく。
そして、もうじき森が開けていく……
「……なんでござるか、あれは……」
森を抜けた先は、やや勾配のある崖。
その下に、同じ植物が等しい距離で並んでいる。
少し離れた場所には木製の小屋が建っており、うめき声はそこから聞こえる。
もはや、晶以外の三人にも聞こえるほどである。
「……聞き取れるか?」
晶はマーラに聞いてみたが、マーラは首を振った。
「あれは、畑?」
小十郎は勾配の下を覗き込む。
当然、リヒト兵が数名うろついている。
数は五十。
隣から、マーラが「エッシェル……」と呟いた。
それに対しレイドヴィヒが頷く。
「……なんでござるか? 『エッシェル』とは」
晶が問うと、マーラはリヒト兵の一人を指差す。
やや年齢が高めの、リヒト女性の兵だ。
「ラムシュタインの……ブカ。ヤクブツを研究シテル……」
「薬物……するとあれが……」
マーラは頷いた。
「『グラオベ』……ダトオモウ」
* * * * *
『グラオベ』は、リヒト東部が産地のはずだが、なぜこんな場所で大量に育てている……? そんなに麻薬が至急必要なのだろうか?
「どうする? 晶」
内心、晶は怒っていた。『グラオベ』つまり京の民の言うところの『信仰』を皮肉った植物が、中荒隅の近くで栽培されている。
しかし、感情は一度殺し、状況を整理してみた。
つまり、ここはなんであるのか?
やはりあの木の小屋が気になる。
窓がなく、うめき声は一人や二人ではない。
……麻薬の栽培所の近く。
「調べよう」
晶は静かに答えた。
* * * * *
敵は五十。近くにリヒトの軍事基地がある可能性も加味すれば、数百と考えるのが妥当。
今は朝。
……無策に突っ込むのは最善手ではない。では、どうするか?
「何。造作もない事にござる」
* * * * *
晶たちは勾配を迂回、畑の近くに降りる。
そして、孤立しているリヒト兵を締め上げて森に引き摺り込み、身包みを剥いだ。
「リヒトの軍服、ヒサシブリ」
「うむ。……マーラ。お主に八曜のご加護を」
「ハチヨウのカゴを……」
リヒトの軍服に着替えたマーラが、リヒト人達の輪の中に駆け込んでいった。
すぐに騒ぎが起こり、マーラを戦闘にリヒト人達が施設の外に出ていく。
この辺りで京武士を見かけた。施設のことがバレる前に対処した方がいい。
そう、騒がせたのだ。
おかげで晶は畑を進んでいき、少し離れた木の小屋にたどり着くことができた。
* * * * *
施錠してある。
晶は刀の柄で錠を破壊し、扉を強引に開けた。
そこには……
そこには十名ほどのリヒト人が鎖に繋がれていた。
目を真っ赤にし、口から涎をだらしなく垂らして、何かをうめいている。
「これは……? レイドヴィヒ、これはなんでござるか!?」
「ワカラナイ……デモ、コイツラ、『グラオベ』ツカッテル」
麻薬漬けにしたリヒト人を何に使うのか?
「晶!!」
後ろから声が聞こえると、小十郎が女性を締め上げていた。
マーラ達にはついていかず、小屋の異変に気がついてここまで来た所、付近を警戒していた小十郎に制圧されたのだろう。
確か、エッシェルというリヒト人だ。
晶は腕を捻り上げられ、うめき声を上げているエッシェルの元までやってきて、小屋を指差した。
「あれは何でござるか!」
エッシェルは、呻くばかりで何も答えない。
小十郎を振り払おうと、大声を出して暴れる。
晶はエッシェルの頬を引っ叩いた。
「答えよ!! あれは何に使う!!」
するとエッシェルは観念したのか、静かになった。
「答えれば、命は助ける。答えよ」
エッシェルの目は泳いでいる。そしてやがて、呟いた。
「……『クーダー』」
クーダー……つまり、餌のことである。
理由はわからないが、薬物漬けにして、何かの餌にしているのだ。同胞を。
晶の怒りは限界まできていた。
「……小十郎、レイドヴィヒ」
二人の名を呼び、畑を指差した。
「山頂にある施設にござる。
どこかに燃料があるので探し出せ。
そして……ここら一帯を、火の海にいたせ」
二人は黙って動き出した。
すぐに燃料は見つかり、二人は畑に撒く。そして火をつける様を、エッシェルは晶に腕を固められながら見……泣き喚いて叫んだ。
「みろ!! 自分のしたことをよく見るのにござる!! この外道め!!」
するとマーラが駆け込んでくる。
「煙見ラレた! リヒト兵、ここに来る!!」
晶は頷いて、エッシェルを解放した。
四人は畑を焼いて、森の奥へと去っていった。




