羽を持った妖
大陸中央の山脈は、誰一人として越えて行けるものはいないという。
しかし、自分はここ数日で何度この山を越えたことだろう?
もうじき、山頂から日の出を拝める。
「金座殿」
晶は金座に声をかけた。
「あそこに見えるが仙神堀にござるよ」
夕日にも見える朝焼けを受けて、街が真っ赤に染まる。
リヒトの猛攻を受けながらも、京国主要都市は未だ侵攻はされていない。
「……美しい街にござる」
金座も、山下の街を見下ろして見惚れてしまった。
京武士にとっての山脈は神聖なものであり、理由もなくむやみやたらに登るものではない。
京武士の中の京武士と呼ばれた金座でも、この景色を眺めるのは初めてのことである。
まして仙神堀などは数多くの剣術試合、道場まで稽古につけたりで何度も通った街で、自分にとって非常にゆかりがある。
それでも……頭上から見たのは初めてだった。
* * * * *
仙野多摩の山岳地帯は、完全にリヒトによって整備されていた。
道も整備され、砦も大きくなる。出入りしているリヒトの兵も増えた。
「これでは新たな街にござるな……」
晶は西側の空を眺める。
「この辺りは天候は安定してござる。大陸の気流は北西から東。
次の雨までは時間がある。
……火計で参ろう。砦の東側……あそこにござる。
拙者と小十郎と金座殿で援護致す。二人は火付けを頼み申す」
マーラとレイドヴィヒは頷いた。
「……八曜のご加護を」
五人は向き合って『二』のポーズを作り、お辞儀をし、
口々に「我に八曜の力を」と唱えた。
砦の周りは整備されており、茂みはない。隠れる場所は少し離れた岩場の影だ。
マーラとレイドヴィヒが火種をお越す。
晶と小十郎と金座は互いに目を合わせて頷く。
時刻は、蒸し暑い夜。
晶は岩の影から飛び出した。それが合図だった。
小十郎と金座も続く。
リヒト兵の背中を突き刺し、蹴りで刀を抜く。
周りにいるのは十名ほどのリヒト兵。
「拙者達で敵をひきつける。参るぞ!」
砦にいるリヒト兵は少なく見積もって三百。
パ!! っと晶は飛び出して、出てくるリヒトを右に左に切り払い!
夜闇に紛れ風に消え、たった三人の京武士が、驚くリヒトを斬り進む!
斬った斬った斬った! 一人二人と斬っては闇に消え、別の場所ではまたリヒトの悲鳴。
砦に火がつくまで、湧き出るリヒトを手球にとる京武士三人。
そして闇夜に焦げ臭さ。
赤い光が見えたら、策がなった合図である。
「よし! 火がつきもうした! 退くぞ!」
火計は成ったと三々五々。散って京武士、闇夜に溶けては消えてゆく。
* * * * *
砦は焼いた。こんなに街から離れているのでは消火は不可能だろう。
確かに火計は成った。……しかし何かが引っかかる。
晶は頭であれこれ思案しながら走り、五人が開けた空の下に出た時だった……
「ギエエ!!」
という悲鳴が聞こえたと思ったら……
「……上だ!! 隠れよ!!」
五人は近場の岩場に姿を隠すと、空から巨大な鳥が一瞬、降りては大地を蹴ってまた上空高く飛び立った。
巨大。なんて言葉が馬鹿馬鹿しく感じる。
もはや鳥と呼べるものではない。翼の生えた妖である。
晶の目は空を探す。夜の闇に紛れて見えづらく、そして、速い。
「森の中に隠れよ!! 開けた場所は危険にござる!!」
五人は一斉に森に向かって走り出す。
背中から迫ってくる、羽ばたきと気配。
晶の背中目がけて鋭い爪を立てんとする。
「くう!!」
身を捩り、地に転がってなんとかかわすと、晶は信じられないものを見た。
(人が……乗っている!?)
この恐ろしい妖を、背中で操っているのはリヒト人だ。
これが白丸の言っていた事の真相か!
リヒト人は、とんでもない兵器を手にした!!
「拙者は良い!! 逃げよ!! 逃げよ!!」
擦り切れた唇からそれだけ言うと、晶は腰の刀を抜く。
とてもこのような怪物に勝てるとは思えぬ。
「ヤア!!」
それでも刀を突き立てれば、妖は天高く飛び立つ。また夜の空に見失う。
(とても敵わぬ!!)
「晶殿!!」
膝をついた晶を、金座が起こす。
「金座殿、かたじけない! 走るにござる!!」
もはや前も後もわからぬ。
ひたすら、身を隠せそうな場所まで走る。
するとまた、背後から羽ばたきと気配。
とても人間の逃げ切れるような速さではない!
その眼は、その爪は、確実にこちらの背中を捉えている!!
(……ここまでか!!)
晶が奥歯を噛み締めたとき……
「ぎゃ!!」
と隣から悲鳴が聞こえた。
エ!? と振り向いた時には、金座が隣から消えていた。
ゴトン! と、金座の刀が地面に落ちる。
晶は血の気が引いた。
目を閉じ、歯を食いしばり、森に走った。




