壁が道になる
光と共に中荒隅まで降りてきた男を、ひとまず長屋で休ませる。
男は布団の中で、呑気にいびきをかいている。
「外見は完全な人間なんですけれども……」
陽香は男の布団を整えてつぶやく。
彼は何者なのか?
なんのためにここに降りてきたのか?
そもそも、どこからやってきたのか? 全てが謎だった。
彼が寝ている長屋には当然人だかりができている。
「見せ物ではござらぬ! 皆戻られよ!!」
新参の金座将軍が野次馬達を追い払う。
さすがこの辺り、人間の扱い方は慣れたものだ。
「外見からすれば京人で間違いなささそうなのだが……」
晶が長屋の前で男の正体について考え込んでいる時であった。
「晶どの」
暗闇から声が響く。
「ここでございます」
男は、長屋の屋根から話しかけていた。
「白丸殿……?」
「左様。晶殿のお耳に入れておきたいことがあり、馳せ参じた次第」
「何事にござるか」
白丸が、屋根の上から投げ渡したのは、裸木山脈。つまり大陸の中央に背骨の如く聳え立つ大山脈の、
中央のあたりの地図。それから、巨大な鳥の羽である。
「ここは……仙野多摩の近くの山岳地帯にござるか!」
「左様にございます。近々、動きがあり申した」
「動きとな……?」
すると白丸は、一間置いて……
「ここの施設で、リヒト兵が巨大な鳥を手懐けているのはご存知のことかと」
「うむ。それは知っておる」
「連中がついに、その鳥を兵器として運用することに成功したとの噂あり、伝えにきた次第です」
「な……!! 誠にござるか!!」
「確かに伝えました故、某はこれにて」
白丸は闇に消えていった。
* * * * *
「鳥の化け物ねえ……」
中荒隅の軍議室。囲炉裏の前で菊千代が横になっている。
「第一皇子はそんなものを手懐けるために、弟に京攻めをやらせてたのか?」
納得してない様子で綾鶴は腕を組んでいる。
「……全然『そんなもの』ではないよ。
これは少し、まずいかもね……」
「なんでだよ。鳥だろ!?」
フー。と菊千代はため息をついた。
「実峯、説明してあげて……」
「は、はい……。空を使えるということは、山の多いこの大陸で、目的地まで迂回せず真っ直ぐこれるということです。
『地獄の壁』も、ただの通路になり、荒神、隅扇島、仙神堀と言った主要都市に向かうのに、京浜大志を通らなくても良いということです……」
「ま……まじか……」
綾鶴も金座も、顔が青くなった。
「それだけじゃない。……荒神の将軍府は八枚の壁に守られているんだっけ?
その壁も、飛び越えられるなら意味がない。将軍府に直接攻撃できるようになったということだよ」
「なんと……大陸にそのような鳥がいたとは。信じられん」
「事実、首都への攻撃も始まってるときくし……もう長くないかもね。荒神も」
冗談半分なのか本気なのか、菊千代が吐き捨てると……
「そんなことはさせませぬ!! 京武士の聖地を……リヒトに蹂躙などさせは致しませぬ!!」
金座が切羽詰まった顔で言う。
「どうでもいいけれど、これは放っておいたら大問題だと思うけれど?」
菊千代は明らかに、晶を見て言う。
「……わかった。拙者が行って参る」
「私めも連れていってくだされ! 京国の危機と聞けば、じっとはしておれませぬ!!」
金座が晶に向き直った。
「金座殿。お気持ちはわかるが、お主の兵百人は、お主についてきた兵にござる。
金座殿にもしものことがあったら、彼らを誰がとり纏めるというのか。
お主には、拙者の留守を守っていただきたいのにござる」
「イイヤ! ……『負け癖』は京武士の恥にござる。私は飛騨高雄でリヒトに負けて以来、負け癖がついておる。
このままでは荒神の土を再び踏むことも叶わず。
……一度の敗北を一度の勝利で返したいのにござる。お頼み申す!!」
寸馬亭金座といえば、その強さ、立ち振る舞いから京人なら誰もが「京武士の中の京武士」と評する人間である。
そんな人間が、晶に頭を下げている。
「……わかりもうした。拙者。それからマーラとレイドヴィヒ。小十郎。そして、金座殿。五人で行って参る。他の者は留守を頼み申す」
夜間、晶たち五人は、仙野多摩方面に向けて出発した。




