郡川の戦い
その晩に、軍議は開かれた。
「ボーゾム族か……」
横になりながら菊千代がつぶやく。
「奴らはおそらく夜行性にござる。
そして昼間は何処かに隠れ、姿を現さぬ。
さらに肉体も強く、強敵にござる」
晶は大陸地図を指した。
「我々はここで接敵したにござる。
ボーゾム島はここ……つまりは……」
晶は、大陸図の隅扇島よりやや南から、リヒト領までを円で囲った。
「彼らが進軍できるのは、この辺りにござる」
「範囲が広いな……」
綾鶴が地図を睨み、ため息をついた。
「敵は屈強。その上、神出鬼没。さてどう戦う?」
横になりながら菊千代が訪ねる。
全員黙り込み、軍議室を重たい沈黙が流れる。
やがて晶が口火をきる。
「戦ってみた感じで言えば、夜間であっても、まともに戦をしたくない相手にござる。……幸いにして敵は水上を移動してくる。
速やかに兵糧庫を叩き、敵の士気を削ぐ事が妥当かと」
「うーん。八十点だな」
横のままの菊千代が、尻を掻きながら口を挟む。
「忘れちゃいけないのは、彼らはリヒトじゃないということだ。
つまり、リヒトと仲間意識も共通認識もない。ただの利害関係だ。
離間の計を仕掛け易い」
そこまで言うと、すくっと菊千代が立ち上がった。
「マーラ。一つ頼まれてほしい」
「ン!?」
菊千代は、晶が書いた円の内側をなぞった。
「ボーゾム族はリヒト人を攻撃しない。
この範囲内にいるボーゾム族を見つけて、ある噂を流してほしい」
* * * * *
その次の晩である。
中荒隅の近く、郡川沿いに、ボーゾム族が集結しているという伝令が届く。
晶は、配下の風吹に命じる。
「風吹殿。幸いにして今日は晴れにござる。
拙者たちが敵を惹きつけている間、
『鏡面の牙』の兵五十を率いてここに夜襲を仕掛けるにござる。
おそらくここに敵の兵糧庫があるにござる」
「かしこまりました! 兵もようやく晶さまの元で戦えることを喜んでおります!」
「……うむ。小十郎、レイドヴィヒは拙者について参れ!! 八曜のご加護を!!」
「「八曜のご加護を!!」」
* * * * *
中荒隅の東側に、郡川はある。敵の数は前回と同じく二百。
情報通りだが既にボーゾム達の様子がおかしい。統率が取れておらず、
リヒトの将の焦りが遠くからでも見える。
その様を、川向の茂みに隠れて見ている。
敵将は西部方面軍、シュラーイク。
しかし命令を下せども、ボーゾムの動きがおかしい。
何度か言い争いの後、ようやく川を渡り始めた。
「八曜の神よ……我に力を……参るぞ!!」
晶は飛び出していった。
* * * * *
「ボーゾムの兵は殺さずとも良い! とにかくここで敵を食い止めよ!」
晶の号令が飛び、京武士たちが茂みから飛び出す。
前回五人いたところが、三人になっているので相当厳しい戦いを強いられる。
しかしなんとかボーゾム族の長槍をかわしつつ、やり過ごしていると……
川の向こう側から火の手が上がった。
(よし! 策は成った!!)
ボーゾム族は、呆然として、その炎の方を眺めるしかなかった。
「ボーゾムは狙わずとも良い! 敵将シューライクを探せ!!」
兵糧を焼かれ、ボーゾム族はすっかり戦意を失ってしまっている。
その中をオロオロとしているのがシューライクだ。
「八曜の神において成敗する!! シューライク!! 覚悟!!」
晶は一息にシューライクを斬る。これで勝負あった。
しかし……
敵は引く気を見せなかった。
それどころか……
ドオオン!!
晶の元に、長槍が叩きつけられた。
何事かと思いみてみると、ボーゾム族の中でも一際大男がこちらを睨んでいる。
この男だけは戦意を失ってはいないようだ。
晶は刀を構える。
* * * * *
敵は、夜目が効く、怪力の大男。得物は長槍。
男は槍を頭上で、激しく回転させた。
風圧で川の水飛沫が飛ぶ。
やがて頭上から、二撃、三撃と槍が振り下ろされる。
槍なので『しなり』が加わり、相当な威力だ。
とても刀では受けきれない!
晶が攻撃を既で交わすと、次は正確な突きが飛んでくる。
これに対し、逆袈裟で槍を弾く。
お互い距離をとる。
男は晶を好敵手と認めたのか、ニヤリと笑い、自分を指差して、
「ゾ・ムス」
と名乗った。
晶は一呼吸おいて……
「竹中晶にござる。いざ尋常に勝負!」
次は晶が攻勢にでた。突き。横面。逆袈裟。どれも槍で受け止められる。
途端にゾ・ムスは、持ち手をスライドさせて槍を短く持ち、槍の柄で漕ぐように晶の顔面を襲撃する。
晶はそれを紙一重で交わすが、鼻をかする。
鼻から血が出て、それで晶は火がついてしまった。
大きく踏み込んで突きの一閃。
ゾ・ムスがそれをかわすと、真っ向から面を狙った。
それを槍で防いだところ、槍が真っ二つに割れ、ゾ・ムスも鼻先にかすり傷を負う。
これは勝ち目がないと感じたゾ・ムスは、踵を返して撤退していった。
* * * * *
あれはおそらくボーゾム族の族長だろう。逃してしまったが、なんとか退けた。
「それにしても、ボーゾム族の動きが明らかに鈍かった。菊千代殿、どんな策を使ったのです?」
晶が聞くと……
「簡単な事だよ。前回の戦の責任を押し付けて、次しくじったら『グラオベ』を支給しないぞ。と、マーラに伝達させたのさ。元々団結力のない国に、部族と同盟なんて無理な話さ」
菊千代は笑って答えてみせた。
これが、中荒隅での晶の武勇伝の一つに数えられる『郡川の戦い』であった。




