女将、レイドヴィヒ
百の女性兵だとしても、中荒隅からすれば喉から手が出るほど欲しい常備兵である。
リヒトの軍勢二百に対し、一人も失う事なく鶴久保の戦場から連れ出す事ができた。
事件は、帰りの山道でおきた。
狭い山道だ。目の前の気配に違和感を感じた晶が軍を止める。
目の前から、リヒト軍五十がやってきた。
……こんな場所で戦闘か!
晶、小十郎、弥吉、マーラが腰の刀に手をかけると……
こんな声が聞こえてきた。
「Ich bin General Reidwich!
Dem Feldherrn eures Heeres fordere ich hiermit zum Zweikampf heraus!
Nehmt ihr an, so soll es recht sein!
Verweigert ihr euch jedoch, dann werden wir die Entscheidung im Kampf mit aller Macht erzwingen!」
晶はマーラを見た。
「……イッキウチヲ、ノゾンデル……」
「一騎討ち……?」
敵将は、ここ数日で何度も見たあの女将軍だ。こちらを尾けてきたに違いない。
「罠かもしれんぞ」
「……かといって、合戦になったらこちらにも損害が出るにござる……」
「受けるのか!?」
小十郎の剣幕が険しくなる。
相手の女将は兵を離れ、こちらに近づいてくる。
「……おそらく相手は本気にござる。
ならば拙者も京武士として、受けてたつにござるよ」
晶は後列の兵に対し、
「そこで待つでござる」
とだけ言い残し、女将の前に進んでいく。
* * * * *
女将は、黙って構えた。
晶は一度手で制す。
「……拙者は竹中晶。これから斬り合う将の名を聞いても良いか」
「……レイドヴィヒ・エッサー……」
「レイドヴィヒ。……いざ尋常に勝負!!」
晶は青眼に構えた。
敵は、本当に一騎討ちのつもりで挑んできたらしく、怪しい動きは見せなかった。
(潔の良い相手にござる!)
山道で道幅が狭く、足を踏み外せばそのまま山裾まで転げ落ちる地形。
木漏れ日が二人を照らす。
レイドヴィヒは上段に構えている。
そしてこの手足の長さ。相当、剣の速さに自信があると見た。
二人の間には一間ほどの距離が空いていたが、晶は大きく踏み込んで突きを繰り出した。
ギィィン!! レイドヴィヒの剣が晶の刀を撃ち落とす。
そこからはレイドヴィヒが猛攻を仕掛けてくる。
横面。袈裟斬り、それを晶が弾けば、体を回転させて逆袈裟で斬ってくる。
これは読みきれず、長剣が晶の腕を掠る。
(……出来る!)
思うに、この女将、初めて晶と接敵してから長居をせずに、じっと晶の太刀筋を見ていたのだろう。
そして動きの癖、間合いを研究し尽くしているのだ。
空間を広く使われては、長剣が有利。
腕力も、晶と遜色ない。
レイドヴィヒが、再び上段に構える。
一方の晶は落ち着いて、青眼に構える。
敵の間合いに入り、高速の面が振り下ろされると、晶は刀を頭上で構え、いわゆる『霞』の型をとった。
以前、ハンナという将軍にやったことと同じだ。
敵の初撃を交わし、次は晶が猛攻を繰り出す。多段突きである。
しかしレイドヴィヒはこれも読んでいた。
長い足で後ろに下がり、突きを長剣で捌いていく。
一進一退。
(……八曜の神よ、我に力を!)
すると晶も上段に構えた。
上段同士の戦い。合戦ではなかなかお目にかかれない構図だという。
「イヤア!!」
先に動いたのは晶だ。背が低い分、気迫で相手に近づき、面ではなく相手の剣を狙った。
当然相手はこちらが近づけば剣を振り下ろす。その軌道を逸らしたのである。
レイドヴィヒの長剣は地面に叩きつけられ、その瞬間に晶の右足が長剣を踏んだ。
ザ!!……と晶は素早く、刀を敵の喉元に押し当てる。
「勝負ありにござる」
するとレイドヴィヒは……
「……Ich erkenne meine Niederlage an. Verfahrt mit mir, wie es euch beliebt」
これは負けを認める文言だ。
晶はレイドヴィヒの長剣を落とし。
「潔のいい武士にござる。お主、我が配下に入れ」
慌ててマーラがリヒト語に訳す。
するとレイドヴィヒは少し笑い、マーラに何かを告げる。
「ジョウケン、アルソウデス」
「何か?」
「イツカ、マタ、ワタシトタタカエ。ソウ、イッテマス」
* * * * *
レイドヴィヒは、今までついてきた兵達一人づつに報酬をその場で支払った。
聞けばこの隊、西部方面軍の所属なのだが京浜大志の戦いで敗れ、戻る場所がなかったのだという。
だから晶を斬るまで帰れなかったのだが、このような形に落ち着いたということになる。
ここで生き残る兵は、東部方面に行くなり、アウサーシュタットという、リヒトの虚民区に行くなりするのだろう。
晶は、一人一人にお辞儀をし、見送った。
* * * * *
中荒隅が近づいてきた頃である。
今度は山道に、白丸が立っていた。
「遅かったにござりますな」
「……すまぬ。道中敵の襲撃に遭いもうした。ところで、何用にござるか?」
「荒神は、加賀美様より手紙を預かってまいりました。……確かに渡しましたので。私はこれで」
相変わらず、慌ただしい人だ。
晶は山を駆け降りていく白丸を見て、思った。
手紙には、こう書いてあった。
「中荒隅復興のために、至急、神社と兵営を建設せよ」




