鏡面の牙
「くれぐれも、よろしく頼むよ」
出発前の晶に向かい、菊千代が囲炉裏の前で寝転がりながら言った。
「なんてったってウチは、君が留守の事が多いからねえ。
常備兵なしで今までやってこれたのが不思議なくらいだから」
夜間、晶は中荒隅を出発し、京浜大志の東側、鶴久保という村の境まで向かう。人選はマーラ、弥吉との三人でいくつもりだったが……
村の入り口にて小十郎が支度を済ませて立っていた。
「小十郎……これは拙者からの頼みにござる。中荒隅に残ってくれ。お主がいないと、子供たちが不安になってしまうにござる」
「『見えなくても、我々は常に八曜の流れの元に繋がっている』……あんたが子供に教えている事だ」
確かにその通りだ。
「分かった……ついてくるが良い」
* * * * *
山道を通り、京浜大志を迂回して鶴久保との境まで。
見渡す限り砂の大地である。
身を焼くほどの暑さと聞いていたが、夜間はその逆で肌を刺すほどの寒さだった。
砂でできた小高い丘の上に男が立っていると思ったら、その者はこちらに向かって歩いてくる。
どうやらリヒトの者ではないらしい。
「よくぞまいられた」
夜闇に紛れて顔がよく見えないが、その者は晶が仙野多摩まで囚われたのを救出してくれた者に違いなかった。
「白丸殿」
「この先に、リヒト中央方面軍の者と戦をしている義勇兵が待っておる故、……こちらを被っていってくだされ」
そう言って白丸が広げたのは、緑色の長布。四人分だった。
「夜間も日中も、その布を全身に纏ってくだされ。日中のこの辺りは、布をまとっていないと火傷をします」
「……よく我々が四人で行くとわかり申したな」
「本国から仰せつかった任務は、晶様を陰から手助けする事ですので。では、これにて」
……そして白丸は去っていってしまった。
他の物が、寒さのあまり包まるように布を全身に巻いている間、晶は腕を組み、考え込んでいた。
「……どうした?」
小十郎が声をかける。
「うむ。さっきの者、『本国から』と申しておった」
「それが?」
「将軍府の中で拙者を謀反者と申しておるのは、本国ではない。加賀美殿でもない。……では何者であろう? と思案しておった……」
京国は一枚岩ではない。その言葉の意味するところが、まだ晶には分からなかった。
* * * * *
白丸の言う通り、義勇兵たちは晶たちを待っていた。
緑の布が目印だったのだろう。白丸が手を回してくれたと言うことだ。
「お待ちしておりました。晶殿。私たち『鏡面の牙』は、中荒隅の英雄である晶殿を歓迎いたします」
晶は目を丸くしてしまい、立ち尽くしてしまった。
「……女性の、隊にござるか」
「ええ。左様です。女性だけで構成された百ほどの兵です。私は隊長を務めております、宇津木風吹です」
女性は、京武士にはなれない。例外はもちろんあるが、百とはいえこうも女性の兵士が並んでいるのを見るのは初めてだった。
「ここにいるのは、夫や息子をリヒトに殺された兵です。士気は京武士に負けません」
かといって女性を大量に戦場に立たせるのは……
晶は一瞬狼狽えたが、今はそんなことを考えていられる情勢でもなかったことを思い出した。
「分かった。風吹殿、よろしく頼む。して、敵は?」
「はい。私たちが戦っているのは、あそこに見えます、京浜大志を監視しているリヒトの砦です」
風吹が指差したのは、砂漠に建つ建造物だった。後ろは山で高い崖の麓に立っている。
「敵将は、マーベルスヴェン。あの砦に二百の兵で守っています」
女性の兵百対、敵兵二百。
そして砂漠という環境。昼でも夜でも、人間が戦うのには適していなさそうである。
まして砂漠を知らない晶からすれば、今まで通り少数精鋭で夜襲。などという簡単な話にはならない。
「……策ならある。早速取り掛かるが、準備はいいでござるか?」
「さすが! 武神竹中様です!」
女性の兵、百からの黄色い声援を浴びて、晶はなんだか妙な気分になった。




