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裏切りの疑念

『虚民区《きょみんく》』

 それは京国にありながらも、京国ではない、自立したコミュニティを築いている場所である。

 戦争に介入もしなければ、邪魔をしたりもしない。

 よって戦争で四肢を欠損するなどの怪我を負ったり、人間そのものが嫌になったりする人間が最終的には『虚民区』へ向かう。

 もちろん国からの支援もないので、日がな一日、虚ろな目をして人々は過ごすのだ。


 この大陸には、京、リヒト問わずそう言った場所が数箇所ある。




「信仰も……捨てたでござるか」


 晶は自分を救ってくれた、弥吉《やきち》という男に尋ねた。

 彼は仙野多摩をリヒトに占領された後で、噴砂という虚民区に移り住んだという。

 虚民区に逃げる。それは……戦いを放棄したということに等しい。


「捨てたさ。仙野多摩《せんのたま》で家族を殺されてからな」


 弥吉は物憂げな顔で俯いた。


「それまで俺は、周りの京武士の言う通り『信仰に殉じる』つもりだった。

 でも……俺より先に娘と妻が……リヒトに焼き殺された時に俺は気がついた。つまりは……そんなものに意味はないとな」


「意味はない?」


「ああ。八曜も、愛国心も、将軍府が考えた都合のいい言葉だ。それに気がつくのに……今までの人生と家族全員を犠牲にしたのさ。もう国にはなんの関わりも持たない気持ちでいたのに……

おかしなもんだよな。近くで合戦が起きると、体が勝手に動いちまう……」


 晶は思わず顔が熱くなった。


「それは間違いにござる! お主のその優しさ、強さは全て、八曜の流れから来ているものにござる!

 ご家族が先に殉じたからこそ、お主の流れはより太く! 強く……」


「やめろ!!」


「いいや、やめぬ!! 京武士の強さは八曜への信仰に他ならぬ!

 どんなに貧しくても、弱くても、祈りを捧げれば八曜は我らに力をお与えになる! なればこそ今日まで生きてこられたにござるよ!

 拙者も! お主も!!」


 晶と弥吉。二人の間を、山道の冷たく乾いた風が吹き抜ける。


「弥吉殿、中荒隅に参ろう」


「中荒隅? ……リヒトに占領されたんじゃないのか」


「確かに一度リヒトに全てを奪われ申した。拙者には、お主の気持ちがわかる。

 しかしここまで立て直したのは全て、神の御霊が示した正しさによるものにござる」


「俺は……俺の戦争はもう終わったんだ。放っておいてくれ」


 立ち去ろうとする弥吉の腕を、力強く晶がつかむ。


「何も終わってござらぬ。……人は、孤独には生きられぬにござるよ」


 そのまましばらく二人は静止し、しばらくして弥吉は頷いた。



 * * * * *


「中荒隅……本当に復興していたんだな」


「うむ。信じていれば、全ては正しい流れに還るでござるよ。

 皆の者! ただいま帰った! 竹中にござる!!」


 中荒隅は立地的に日の出が遅く、日の入りが早い。

 よって今が、一日の間でも非常に短い夕暮れの時間である。


「晶せんせー!!」


 まずは日依が駆け寄ってくる。続いて村の子供達が走ってやってくる。晶は子供たちを抱きしめ、頭を撫でる。


 次に寺子屋にいたのだろう小十郎が顔を出した。


「晶……」


「うむ。心配をかけた。この通り、帰ってきたにござる。マーラも無事にござるか?」


「ああ。俺らは無事だ。……変な男がお前の無事を知らせてくれたからな」


 変な男……あの白丸とかいう男か? 


 次に出てきたのは子供たちの騒ぎように、外に出てきたのだろう、菊千代だった。


「やあ。おかえり」


「菊千代殿。心配をおかけ申した。中荒隅も無事なようで、拙者も安心したにござる」


「まあ無事だけれどもね。……君が不在の間に加賀美から手紙を預かっているよ」



 * * * * *


 加賀美からの手紙に書いてあった文言をまとめるとこうである。

 一つ。中荒隅へ援軍を送るのはしばらく時間がかかる。よって、義勇兵を募り、防衛力を組織してほしい。

 一つ。京国東部の砂漠地帯に、リヒトを相手に奮戦している義勇兵がいるので率入れたら良いかもしれない。

 そして一つ。君に対する裏切りの疑念は、必ず私が晴らすので心配しなくて良い。


「裏切り? お前がか?」


 手紙の文言を聞いていた綾鶴が驚いた口調で聞いてきた。


「うむ……拙者としても、何がなんのことやら……」


「心配しなくても、京国に一番貢献してるのは君だよ。

 ところで……確かに常備兵がいないと、いつここも攻められるかわからないからねえ」


 晶は、大陸地図を眺めた。


「砂漠か……」


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