『戦況を覆す何か』その二
藤が中荒隅を去ったあと、有山近郊では雨が降り続いていた。
中荒隅の雨は重たく、激しい。
戦いのない時の晶は、教壇に立ち子供たちに八曜の教えを説いている。
「八曜では雨は試練の兆しとされているにござるよ。
特にここ中荒隅では雨が多い。
どんな屈強な男でも、リヒト人でも、雨を止ませることなどできぬ。
お主たちは雨になるでござる。大陸を潤し、恵みを与え、罪を洗い流しながら、神様の流れに加わるのにござる。
どんな大声でもかき消されない、強い、強い雨になってみせるにござるよ」
経典を片手に、一人一人の頭を撫でた。
晶の背は低い。ともすれば子供たちとそれほど変わらない。
子供たちも晶を先生というよりかは、兄のように親しみ。「ござる」「ござる」などと晶の口真似をするようになった。
日依の経典への向き合い方は、すでに敬虔な信徒のそれであった。
……小十郎の影響であろう。
声は、晶のたつ教壇に鳴り響く。
「伝令!! 伝令!!」
* * * * *
藤の言った通り、それは二週間は経ったあとだった。
彼のいう『戦況をひっくり返す何か』が中荒隅に届けられている道中に、山脈に陣取っているリヒト兵からの襲撃を受けているので救援に来てほしいとのことだった。
晶はマーラを呼び、二人で駆けつけようとしていた。
戦の支度をしているところに、小十郎がやってくる。
「……俺も連れて行け」
「小十郎……お主は、戦場にもう立たずとも良い」
「この間俺が言ったことなら取り消す。死など恐れていない」
晶は首を振る。
「そうではない。……お主は子供たちにとって必要な人間にござる。
主に万が一があった時、拙者は子供達の前で、
……特に、日依の前でどんな顔をしたら良いのにござるか……」
「お互い様だ!」
それまで晶に感情らしい感情をぶつけたことのない小十郎だが、光太郎の一件以来、思うところがあるのか起伏が激しくなっている。
「俺は……もう後悔はしたくない。それだけだ。二人より三人の方がまだマシだ。連れて行け」
そこまで言われたら、もう、晶には言うことは無かった。
* * * * *
京の軍は千ほど、そこにリヒト軍が山から強襲している。
「中荒隅、竹中晶にござる!! 助太刀致す! 八曜の神よ! 我に力を!!」
リヒトの兵も千ほどだが、どうも様子がおかしい。
人間とは思えない声で発狂しながら、長剣を振り回している。
まるで衝動に任せて破壊活動を行うかの如くである。
これには京の本隊も手を焼いていた。
晶はリヒト兵の背中に回り込みながら斬っていった。
敵将らしき人物を探しているが、見つからない。
雨の夜でも晶の目は利く。
それでも敵の指揮系統がまるでわからない。
これではまるで……暴動のようだ。
「アキラ!! 『グラオベ』!!」
背後でマーラが叫ぶ。
『グラオベ』それはマーラが言っていた……確か、リヒトで流行っている薬物……
(これがリヒトの病巣か!)
リヒト兵は陣形こそないものの、いくら斬っても突っ込んでくる。
死を恐れていないかのようである。
こうなってしまっては、策も何もない。
千人を、殲滅させる他なかった。
幸いだったのは、自分の命があること。そして、マーラと小十郎が生きていることだった。
京の本隊は、五百人ほどまで減っていた。
* * * * *
「手間かけたな」
本隊から、将を勤めた藤十郎が出てきた。
「いや……それより、『戦況を覆す何か』とやらは? 拙者たちはどうすれば良いのでござるか?」
晶がいうと、藤はバツが悪そうな顔をした。
「ああ……そのことなんだがなあ……」
晶はなんとなく藤の視線を追うと、『戦況を覆す何か』が入っていたのであろう籠が路上で倒れて、蓋は開いていた。
「まさか……! リヒトに奪われたにござるか!?」
「いや、そうじゃないから安心しろ。ただ……どうやら《《逃げられた》》なこれは……」
その言葉が嫌に引っかかる。
「『《《逃げられた》》』?」
藤は何も言い返さなかった。
籠は、籠の規格としては一番大きいものに見える。
「すまんが、物資のことはこちらでなんとかするので、受け取る日を改めてほしい」
中身のことを告げようとせず、勝手なことを突きつけてくる。
その上で、藤は露骨に話を変えた。
「ところで……俺の兵もだいぶ減っちまった。せっかくここまで来たんだ。ついでにもう一仕事付き合ってくれないか」
「……何にござるか」
「リヒトが仙野多摩から京浜大志に向かってる。中央方面軍がいよいよ本気を出してきたようだ。京国から将が出ているが……これに俺たちも加わる。
お前たちにも手伝ってほしい」
中央方面軍……そう言われて、光太郎を突き刺したあの皇子の姿が嫌でも浮かんできてしまった。
あやつも……くるのだろうか?
晶は頷いて、藤十郎たちに同行し、京浜大志に向かうことにした。




