カンプフ・フュア・ディー・フライハイト
「敵襲!! 敵襲にござる!!」
晶の声が、中荒隅の村中に響く。
村の時間は短いが、この時間はもう皆寝静まっている。
「目を覚ましてくだされ! 敵襲にござる!!」
晶は、長屋の一軒一軒を叩いて回る。
「おい! おい晶!! 落ち着けよ!! 敵なんてきてねえじゃねえか!!」
ようやく追いついた綾鶴は肩で息をし、晶を呼び止める。
確かに村には物音ひとつせず、とても敵襲が始まっているとは思えない。
なんだようるせえなあと、長屋から寝ぼけ眼の人間がそろり、そろりと出てくる。
晶一人のみが必死だ。
「何事か! なんの騒ぎか!!」
村長、そして晶の親代わりを務める長政が出てくる。
「長殿! 敵襲にござる!!」
「敵襲……滅多なことを申すでない。
村は静まり返っておるではないか。
リヒトが『死の壁』をそう簡単に登ってくるなどありえぬ」
そうだそうだ!! 起こされて不機嫌な村人が野次を飛ばす。
「いいや敵襲にござる! リヒトの兵。ざっと千。加賀美殿の申した通りでござる!」
「どこにいる。まさか暗闇に紛れて……」
長政自身、『暗闇に紛れて』と自分の口からこぼれた瞬間に、『奇襲』という言葉が頭に浮かんだ。
まさか……と思った時には、遅かった。
「おい! なんか焦げ臭えぞ!」
誰かがそんな言葉を口にしたと思ったら、夜なのになぜか明るい。
そして離れた場所から煙が立ち上る……
(しまった……!!)
晶が腰の刀に手をかけた瞬間に、
「アングリッフ!!!」
と言う聞きなれない声が響く。
ギャ! と言う悲鳴とともに、村人が倒れる。
静寂が、悲鳴に変わった。
そして次々に火の手が上がっていく。
「綾鶴殿! 腰のものを構えよ! 一人でも多く下山させて、隅扇島か仙神堀まで逃す!」
「ま、マジかよ!!」
綾鶴がようやく刀を抜いた頃には、晶はすでに二人斬り倒していた。
「こっちよ!! 山から降りて!!」
遠くで、夜草の声が響いている。
真剣の扱いに比較的なれている綾鶴でも、いざリヒト兵を前にすると道場とは勝手が違いすぎた。
まず、リヒト兵の図体がデカい。綾鶴も背丈はある方だがそこに横幅が加わってきて、正対すると威圧感がある。
そして剣が重い。
こんなものを軽々しく扱うのかよこいつらは。『死の壁』を登った後で!!
生き死にをかけた斬り合いの中、ようやく一人討ち倒すと、二人目にして刀が根元から折れた。
ワ! と踵を返して逃げる。
とてもこんなの千人も相手になぞできぬ。
犬のように逃げて逃げて、倒れている京武士から刀をいただき鍔迫り合いとなり、これの繰り返しだった。
そのようなことをしている間にも村に火がまわる。
ああ……これは、だめだ負けた……
長屋がパチパチ、バキンと焼け落ちるのを目の端で見届けると、三本目の刀が折れた。
「綾鶴殿!」
と言いながら、晶が自分の刀を折ったリヒト兵に背後から突く。
「ここは一度引く。ついて参られよ!」
「お……おう……」
綾鶴は、足元に転がる京武士から四本目の刀を恵んでもらい、晶についていく。
夜草と合流できたのは、集落の出口だった。
「夜草……その顔の血は」
「大丈夫! 掠っただけ! まだ戦える!」
綾鶴が先ほど見た、あどけなさの残る少女の顔は、戦士の顔になっていた。
「ここは一度引きもうす。
夜草、お主も必要にござる。ついて参れ」
「でも、でも村にまだ村長が!」
「……今戻っても、どうなるわけでもござらん。
拙者に策がある。今は退こう」
「……村を、守り切れるんだね?」
「……うむ」
「おいおいおい! 敵は千人だぞ!?
どうやって三人で……」
綾鶴がそこまで言うと、晶と夜草が無言で綾鶴を見た。
その時綾鶴は、いかに自分が不謹慎なことを言ったかを自覚した。
そうだ。中荒隅は二人にとっての故郷だ。
自分は、ここを守るために柳家を代表して荒神から来た。なのに何たる様だ。
何もできなかった。何も。
「……悪かった」
綾鶴は二人に頭を下げた。
「いや、……幸い今は深夜。朝が来るまでにおそらく、雨は降らない。
そうなったら勝ちの目も、なくはない。
綾鶴殿。其方の力も必要にござる。今はついて参れ」
絞り出すような声だ。
彼の声は、落ち着いていて、しかし、確実に怒りが込み上げていたのが、綾鶴にはわかった。




