敵襲
晶、綾鶴、夜草の三人は駆け足で山を下る。
今から向かえば、明日の朝には麓の街まで降りることができる。
「……なあ、今まで祈祷祭、サボってたってこと?」
晶と夜草の背中に、綾鶴がつぶやく。
綾鶴の故郷、京国首都の荒神は、宗教の戒律が非常に厳しい都市だ。
中でも綾鶴の家は名家。祭の仕切りを任され、綾鶴が手伝わされるのも日常茶飯事だ。
「中荒隅は人が少ないし、おじいちゃんおばあちゃんしかいないような村なの。
祈祷はちゃんとするよ」
夜草が答えた。
「でもお祭りは本当に久しぶり! 少し楽しみ!!」
「楽しみかあ?」
綾鶴にとっての祈祷祭とは、一日中雑用で重たいものを運ばされたり、家族や国の偉い人から、何かにつけて怒鳴られたり、後片付けまでさせられたりでろくな思い出がない。
まして荒神は大都会で人が多い。
政の由来はお祭りごととはよく言ったもんで、その実は大将軍へ家の名を売ることしか考えてない各家の水面下での争い。
そんな印象しかなかった。
そんなことより……
「爺さんと婆さんしかいねえって……どうすんだよ本当に戦争になったら」
「そしたら」
走っていた夜草が突然止まるものだから、後の綾鶴とぶつかる。
玉突き事故で綾鶴と晶がすっ転んだ。
「あんたが街を守りなさいよ。そのために首都から来たんでしょ」
「無茶言うなよ!」
玉隅の常備軍事情は、まさか『地獄の壁』をリヒト軍は登ってこれないのが前提となっている。
従って常備軍の総数は一応三百となっているが、そのうちの半分は五十を過ぎた者ばかりという悲惨な状態だ。
大昔は京国科学の発信地と謳われた中荒隅が、今ではそんな過疎地になっていたとは……。
「なによ。いくじなし。
最初からね、荒神のお坊ちゃんなんか期待してないわよ。
アタシと晶でリヒトをやっつけるんだもん。ね。晶」
夜草が晶を見た時だった。
晶の様子がおかしい。
一点の闇を見つめて、遠くを見ている。
「……どうしたの?」
「シ!! ……何か匂う」
「匂う?」
三人とも立ち止まる。
「匂い? なんだ? 全然わかんねえぞ」
しかし晶の顔は真剣そのものだ。
「……あれが北極星。すると方角は西側……中荒隅?」
などと独りごちているうちに、地面に耳を付け出した。
「おいおいおい! 何やって……」
「静かに!!」
彼らしくない、ものすごい剣幕だった。
「足音にござる……百……二百……それ以上……」
晶は、段々と先ほど、恩師から受け取った手紙の内容を思い出していた。
淀桂は陽動。
本命は、西……
トクン。トクンと晶の中で心拍が早まっていく。
『まさか……始まる? 始まってしまう?』
カ! と目が開いたと思ったら、立ち上がり、山を駆け上がっていく。
「お、おい! 街は麓だぞ!?」
綾鶴が呼び止めると、晶は足を止めずにこう、叫んだ。
「敵襲にござる!! 中荒隅が危ない!!」




