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車沢加賀美からの手紙

 その晩のことである。


 中荒隅なかあらすみ村長、村木長政むらきながまさの家に、京国の武将、益田忠盛ますだただもりと、その腹心の宇津木琴音うつきことねが訪問し、居候の身である竹中晶を呼び出したのだ。


 増田忠盛は、身の丈七尺の巨漢であり、常に険しい顔をしているために近寄りがたい空気感を持っているが、口髭にこだわりがあるという一面を持っている。

 琴音の方は、晶がまだ、仙神堀で修行をしていた頃からの姉弟子に近い関係で、二人とも晶からしてみれば縁も恩もある人間だ。


「竹中晶、入室致します」


 障子を開けて、晶が入室する。

 忠盛は、口髭をいじってあぐらをかいている。


「忠盛殿。琴音姉ことねあねさん。お久しゅうござります」


「うむお」


 忠盛が言うと、懐から手紙を取り出した。

 晶は受け取る。


「……加賀美かがみ殿から?」


「をんむを、うん」


 忠盛の発話は独特で、聞き取れる人間が少ない。それを翻訳することが琴音の仕事だ。


「……加賀美様は、今東部淀桂の防衛についてらっしゃるわ。

 それが、あなたへ直々に激励文を届けてくださったのよ」


 車沢加賀美くるまざわかがみ。軍略の達人で、京国兵法の《《父》》と呼ばれる人物である。

 ……名前からややこしいが、壮年の男性だ。



 晶にとって直属の師匠ではないのだが、その才能を早いうちから見抜いていたのが加賀美であり、何かと気にかけてくれている恩人の中の恩人である。


 手紙にはこうあった。


此度こたびの戦は、西側と中央、仙野多摩せんのたまが主戦場となるだろう。

 敵は『地獄の壁』を越えてくるやもしれぬ。

 何度も中荒隅なかあらすみに兵を増やすべきだと殿に申しておるのだが、今は首都、荒神の守りを固めることに必死で軍を動かしづらい状況にある。

 力およばず、申し訳ない。

 中荒隅の立地の重要性は、聡明な君のことだ。わかっているだろう。

 ここを突破されたら、次は隅扇島すみおうぎしま仙神堀せんじんぼりか。いずれにしても首都の隣接都市に手が届いてしまう。

 せめて私が中荒隅に行けたらよいのだがそうもいかず、申し訳ない。

 リヒトが何を企んでいるか、わかりかねるが、連中は中荒隅を喉から手が出るほど欲しがっているはずである。

 頼れるのが君しかいないことが心苦しいが、京武士の誇りにかけて、せめてこちらの決着がつくまでは耐え抜いてほしい。

 車沢」


 

「まさか……ここ中荒隅が戦場に……?」


 村長の長政が腕を組み、いまだに信じきれていない顔をしている。

 そのくらい、『地獄の壁』を乗り越えることは困難なのだ。


「……リヒトは、兵を三つに分散し、それぞれの隊に皇帝の息子を将軍としてつけているそうです。

 三方向からの奇襲を受けたら、淀桂からも、仙野多摩からも兵を動かせません。

 忠盛様も私も、本土防衛で身動きが取れない状態です。

 脅かすわけではありませんが……十分注意してください。

 晶、あなたもしっかりするのよ」


 琴音が言うと、晶は一度だけ頷いた。


 * * * * *


 

 忠盛と琴音が去った後である。

 長政が館長を務める道場の門下生。その中でも師範代を務める生徒が集められていた。

 晶と綾鶴あやつる。そして夜草よるくさという少女である。

 

 実質、村のことを面倒見ているのがこの晶と夜草の若者二人。最近になって荒神から出向した綾鶴が手伝うようになっている。

 

「正直、村民は怯えておる」


 村長の長政が重々しく口にした。

  

「『地獄の壁』を越えてくる軍勢など想像もつかん。しかし、万が一がどうしても頭から離れない状態にあるのだ。

 今では仕事に身が入らないという者もいる。気持ちも沈みがちだ。横井の婆さんなんか床に伏せちまってる。

 何より問題なのは住民の心がバラバラなことだ。何か……活気付になることを考えないといけない」


 すると、夜草が身を乗り出した。


「お祭り……ですか?」


「うむ……。水星祈祷すいせいきとうが時期的に近いだろう。中荒隅では祈祷祭は数年やっていないが……

 ここいらでやっておかねば。とにかく民の気持ちがまとまらないうちは戦の準備どころではない」


「しかし、祭りを行うには準備が足りません。神輿みこしは壊れたままですし、川に献花する花もありません」


「うーむ……」


 村長は頭を抱え込んでしまう。


「神輿は仕方がないとしても、献花がないと川の神にお示しがつかんか……。

 すまんが、三人、今から麓の街に向かい、祭りの花を買ってきてはくれんか」


「「は」」


 村長が命じ、夜草と綾鶴は村長の家を後にした。


 お使いを命じられた三人は各々の家で準備を済ませる。

 晶も荷支度をすませると、家の裏にある墓に手を合わせる。



 それは今は亡き、彼の父母、そして兄の篤の墓である。

 晶がもっと幼い頃に、三人して賊に殺された。

 賊は京人だったというが、晶にとってはどうでもいい話だった。



「では、晶、出発いたします」


 村長に挨拶を済ませた後で、一瞬だけ、南の空を睨んだ。

 空は静かで、風も無い夜だった。


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