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中荒隅という村にて

「お前さん、家族は?」


 滝のように溢れてくる汗を、手拭いで首元に押し当てて拭く少年に、別の背の高い少年が話しかけた。

 

 中荒隅なかあらすみは四方を高い山に囲まれた、小さい村だ。

 村自体の標高も高いのだが、特に東側に聳える山は、大陸の中央の面積大半を占める巨大な山脈の一角であるからして、村の日の出が遅い、いわゆる『半日村』だ。

 

 武術の稽古終わりには、太陽が西側の海に沈んでいく。

『家族』と問われて、この夕日を兄弟で見たものだと少年は目を細めた。

 

 そして、先ほどまで木剣で打ち合っていた少年の問いに首を横に振った。


「そうか。……それは戦でか?」


 問われた少年は指を顎に当てて、少し考えた後で……。


「拙者が仙神堀せんじんぼりに修行に出ている頃にござった。

 家に賊が入ったのにござる。父も、母も、二人を庇って兄も……」


「それは……悪いことを聞いたな。賊は? 捕まったのか?」

 

 少年はしばらくして首を振った。


「何やら目元に刀傷のある男らしいが、其奴が何者かもわからぬ……」


 真っ赤な夕日が、集落と二人の少年を照らしている。


「俺には家族を殺される気持ちなど想像もつかん。……だが納得がいったよ。お前さんの強さは、仇討ちから来ているのか」

 

 話しかけてくる背の高い少年の額は、少しだけ赤く腫れており、患部を手拭いで抑えていた。


 背が高いだけでなく体つきもがっしりとしていて、同世代の男子と並べたら明らかに強そうだった。


 さしずめ、地元の都市では負け知らずだったのが、戦の機運が高まって国境地に配属となり、

手始めに同い年くらいの少年に手合わせを願ったら、二つの意味で思いもよらぬ面を食らった。といったところだろう。


 二人の少年の前を、小さな鞠が転がっていく。

 背の低い方の少年がそれを拾うと、駆け寄ってきた童に微笑んでそれを渡した。


「仇討ちなどではござらん。大陸西部、中荒隅は、山しかない寂しい村にござる。

 ここは大陸で最も早く霜がおり、冬の訪れを最初に告げる半日村にござる。

 ……なればこそ、人間同士の温かみが感じられる。ここでは、毎朝人々が声を掛け合う。

しばれるねえ』『そうだねえ』……

 拙者はこの村のこんな所が好きなのにござるよ」


 遠くで、鞠で遊ぶ子供たちを眺めながら少年は優しげに微笑んだ。

 

「俺は綾鶴あやつる柳谷やなぎやの綾鶴だ。これからは戦友になるのかもしれん。名前を聞いてもいいか?」


 先ほど自分に面を打ってきた少年に、爽やかに名前を尋ねることができる。綾鶴という少年はこのように、さっぱりとしたところのある男子だった。

 名を聞かれた方は、背も低く、いかにも大人しいといった感じの印象だ。

 綾鶴からしても、まさかこれに試合で斬られるとは思っていなかっただろう。


 背の低い方は、口の端を横に広げて……照れた少女みたいな顔をして答えた。


竹中晶たけなかあきらにござる」


 竹中? 知らない姓だ。それと妙に田舎訛りの強い京言葉だ。綾鶴の方は思わず訝しぶ。


 自分より一尺は背の低いであろう男に、まさか面を受けたことはこれまでになかった。

 いずれかの剛の家系だろうと思っていた。

 

 少なくとも、故郷、荒神では聞いたこともない姓だ。

 

「お前さんの、さっきの構え……」

 

 姓も知らなければ流派もわからぬ、何から何までも不明なこの同年代の少年に、綾鶴は早速興味を持った。

 前線に配属が決まったものの、希望とは違った大外れの中荒隅なんぞにやってきて早々に腐っていた綾鶴にしてみれば、唯一儲けたと感じた部分だ。


「踵をどっしりとつけていたな。何処の流派だ?」


 すると晶は、西の海から南の山脈に視線を逸らした。壁の如きこの山脈は、大陸を横断している。


「我流にござる。父上が厳しゅうござったから、体で剣の理合を叩き込まれたのにござる」


 晶の汗はすでに乾いていた。


 彼の視線の先の山脈。あの先には、別の文明がある。

 言葉、価値観、宗教観何から何までもが別の国だ。


 * * * * *

 

 数年前、この高い山脈こと『地獄の壁』を挟んだ京国、リヒト国は、お互いのことを理解し合えないなりに支えあってきたのが、昨今は断交状態が続いている。

 どちらの国がその原因を作ったのかは諸説あるが、結局のところ関わりを持たず、小競り合いが続く現実のみが残った。


 そして、日に日にその緊張感は増している。

 荒神から、京国の名家、柳谷の綾鶴が国境の村、中荒隅に派遣されたのも、そういった国の事情から来ている。


 晶は南の山をじっと眺めている。


「来ると思うかね。あの山から」


 未だ、腫れた頭を冷やしながらの綾鶴は、晶の隣に肩を並べて同じ山脈を仰ぐ。


「こないさ。人間はあの壁を越えられんよ」


 晶に言い聞かせるような言葉だった。


 その山脈が『地獄の壁』と呼ばれるには理由がある。

 あまりにもの標高の高さと、駄馬道すらない悪路は容赦無く登山するものを麓まで蹴落とす。

 過去何人が命を落としたかわからない山であるので、『地獄の壁』なのだ。

 

 その壁を、重装備を身につけて人間が登ってこれるわけがない。

 従って中荒隅は、前線と言われながらも襲撃されることなどあり得ない、京武士としては退屈な村と呼ばれていた。

 

 そう。リヒト人が何者だろうと、地獄の壁を越えてこの村に襲いかかってくることはない。

 中荒隅の村人たちはそれをわかっていながらも、心のどこかで近づいてくる戦争の機運に怯えていた。

 

 陽はすっかり傾き、その輪郭までも闇に飲み込まれた山脈を、晶はじっと眺めていた。


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