ザウター・ジークベルグ
結局、山を降りてきた娘の友達や家族は見つからなかった。
……仙野多摩の住民をまとめて攫ったのではないか……と、嫌な予感がする。
なぜそんなことをするのか? それもわからない。
中荒隅に戻った晶は、早速軍議室にて、菊千代や綾鶴、実峯の前で手紙を広げた。
晶が受け取った手紙は、確かに協力者、桔梗凛のものだった。
それは仙野多摩の地図であり、中央方面軍大将そしてリヒト第一皇子のザウターの居場所が記してあった。
そこはかつての寄席で、そこを城に作り替えて使用しているという。
「……信じられる情報ですかね」
実峯が地図の印を注意深く見ている。
彼女の姿勢とは正反対に、囲炉裏の前に横になって、いつものように欠伸をしている菊千代が……
「行ってみないとわからないんじゃない?」
などと呑気なことを言う。
「どのみち、京本国が防戦一方なのを決め込んでいる時点で、仙野多摩を京国が自力で奪還するつもりはないのがわかったし。
いつかはこんな日が来るんじゃないかなとは思ってたからね。
ところで、何があったんだい? その施設には」
「それが、マーラが申すのは『何もなかった』の一点ばりで……」
一人だけ腕を組んで立っている綾鶴が、
「だからその『マーラ』ってのはなんなんだよ」
晶は、やや熟考して、答えた。
「リヒト人の協力者にござる」
はああ。という綾鶴の嘆息が響く。
実峯も、やや複雑な顔をしている。
* * * * *
さて、当のマーラだが、村の外でうずくまって、村に入ろうとしない。
怪しんだ農民が、晶に見てきてほしいと頼むので彼女の元までやってきた。
「いかがした?」
「……」
マーラは何も答えなかった。
晶が隣に座ると、重々しくマーラは口を開いた。
「……コノムラ、シッテル……」
その言葉の意味を、晶は飲み込んだ。
「其方、地獄の壁を登ってきたのにござるか」
マーラは頷いた。
「ワタシ、ココニハ、イラレナイ……」
「……うむ。しばし、待つが良い」
晶は立ち去ったと思うと、しばらくして山積みの書籍を持ってきた。
「これからは、これを読み、毎晩唱えよ」
「……ナニ?」
「八曜の教え。それから唱え言葉にござる。
其方は確かに罪を犯した。しかし八曜の神は寛容にござる。
信仰に生きれば、其方の罪も許されるにござるよ」
「……ワタシノ……ツミガ……?」
「うむ。人間は間違いを冒すもの。
失敗をしない人間などおらぬ。しかし、大丈夫。神が失敗を力に変え、我々を導いてくださる」
「……」
マーラは、書を受け取った。
「京言葉にござるから、読めない字があったら、拙者に聞くにござるよ」
晶はそう言って、笑った。
* * * * *
晶は、光太郎とマーラを伴い、仙野多摩を見下ろせる例の山岳地帯までやってきた。
今は日中で、街は相変わらずしんとしている。
晶は地図と地形を見比べる。
「これによると……あそこの建物がそれにあたるが……
警備らしき人間も置いているようには見えぬ……」
「もういねえんじゃねえですかい?」
「ふむ……」
晶はあたりを見渡し……
「慎重に行ってみるにござるか」
* * * * *
三人で警戒しながら進むが、警備の兵一人見つけることができなかった。
それは、印の付けられた寄席もそうだ。
確かに人が生活をしている形跡はある。
皇子が部屋として使っているのであろう部屋も見つけたが、そこにも誰もいなかった。
「……昼間は、皇子も含めて山にいる……ということにござるか……?」
「かもしれないっすねえ。どうします? 待ち伏せでもしますか?」
「ううむ……」
晶が腕を組んで考えていると、マーラがトントンと晶の背中を叩いて窓の外に指を差した。
* * * * *
そこには、鼻歌を歌いながら庭の植物に水を与えている青年がいた。
まごうことなき、第一皇子だった。
「リヒト国第一皇子、ザウター・ジークベルグ」
晶の声を背中に感じると、青年は鼻歌をやめて、それでもこちらは見ずに植物に水やりを続けていた。
「八曜の裁きを受けよ。覚悟!!」
晶は刀を抜き、面から斬りかかる。
確かに面を捉えたと思った……
しかし、次の瞬間には、どこに隠してあったのか巨大な剣を片手で構え、晶の刀をしっかりと受けているザウターの姿が映る。
あまりにもの意味のわからなさに、晶は一瞬怯んだがすぐに刀を離し、ニの剣三の剣を立て続けに繰り出す。
その全てを皇子は片手で受け、ブン!! と横一文字に払った。
晶の刀は根本から折れた。
「……!?」
ヤァ!! とザウターの後ろから光太郎とマーラが突きを繰り出すが、それもまるで子供相手のチャンバラのように片手で両方ともあしらう。
(こいつ……夜叉か?!)
明らかに今まで戦ってきた者とは質が違うリヒト兵に、晶は唖然としてしまう。
異質なのは、その外見に見合わない馬鹿馬鹿しい怪力である。
マーラは一合受けただけで剣を弾かれ、そのまま蹴倒されてしまった。
ザウターは、そのまま、マーラの胸に剣を突き立てようとする。
「あぶねえ!!」
同時に光太郎と晶が飛びかかる。
……しかしそれも読まれていた。
ニヤリと嗤ったザウターがこちらに振り向き、剣を光太郎の胸に突き立てる。
ガ!!
剣は光太郎を貫き、そのまま持ち上げられる。
その瞬間、光太郎は自分の刀を晶に渡した。
左手から右手に持ち帰る一手間がなければ、急所に入っていたかもしれない。光太郎と晶の渾身の面を、
ザウターは既でかわし、額の皮を破るに止まった。
ザウターの顔から血が滴る。
その腕には、いまだに光太郎がぶら下がる剣が携えられている。悪い夢のような光景だった。しかし顔の血でザウターの目がよく見えてない。
こんなやつには勝てない。
しかし、今なら逃げられる。
晶は、起き上がったマーラの手を引き、ザウター亭を逃げ出した。
* * * * *
ザウターは追ってはこなかった。
晶は、やってきた山から中荒隅に逃げ帰る。
……何をどうしても勝てないと悟ったのは、これが初めてだった。
色々な感情が殴りかかってきて、何も考えられない。
「……ザウター……ダレモ、ショウタイ、シラナカッタ……」
「……」
晶は、膝から崩れ落ち、自分の浅はかさを呪った。
世の中には、常識の通用しない敵がいるとは……
マーラがいなかったら、岩に血が出るまで拳をぶつけるだろう。
人が見ている前では、感情的になるべきではない。神との約束事だ。
神……
こんな、浅はかな策で信頼する仲間を失った自分を、神は許してくれるのだろうか?
片腕とも呼べる同志を……
光太郎……
山岳にて、晶は石を積んだ。二つ。三つ。
それになんの意味があるのかはわからない。
とにかく自分を保つには、それしか方法がなかった。
そしてその前に跪き、二のポーズを作って、頭を下げた。
「神よ……敬虔な信者が、そちらに旅立ちました。光太郎を……
どうか光太郎をお導きください……どうか……」
光太郎。の名を呼ぶたびに、涙腺が熱くなる。しかし泣くわけにはいかなかった。
「光太郎をお導きください。どうか、光太郎をお導きください。どうか……」
隣には、同じ姿勢をしているマーラがいた。
柳谷光太郎。晶の片腕として苦楽を共にした一人は、仙野多摩にて没した。




