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マーラとセルジュ、それから……

「陽香《ようか》殿!! 陽香殿!!」


 中荒隅《なかあらすみ》にたどり着くや否や、晶は大声を出した。


 当然、陽香を含む大勢の人間が集まってくる。


「陽香殿、小十郎を助けてくだされ……。拙者の無謀な策で負傷してござる。

 意識も息もあるがこのままでは危ない」


 陽香は頷くと……


「今すぐ医務所へ!」


 そこに綾鶴《あやつる》が駆け寄ってくる。


「俺も手を貸そう。さ、立てるか……」


 * * * * *


 医務所に松明の明かりが灯る。

 

 入り口で呆然と、晶は見て、両腕を胸の前に持っていき、『二』のポーズを作る。


「八曜の神よ。彼をお救いください。神よどうか彼をお救いください……」


 綾鶴も同じことをしていたが、しばらくして晶に話しかけた。


「ところで……知らせておきたいことがいくつかあるんだがいいか?」


 

 * * * * *


 晶と綾鶴は、そこそこ立派な建築物を前に立っている。


「おお、もう建ちもうしたか。寺子屋にござるな!」


「ああ……。まあその、生徒がまだいねえけど……」


「なんの。中荒隅が再興したと皆が知れば、いずれ子供も集まってくる。

 子供が集まれば、村も賑やかになるにござるよ」


 晶は満足そうに寺子屋を眺めた。

 これが、後の『中荒隅学校』そして、『玉隅竹中学校』である。


 しかし綾鶴は少し話辛そうに……


「そのー……子供のことなんだがな?」


「む?」



 * * * * *


 晶が次に連れて行かれたのは、軍議室である。

 見知らぬ色白の少女が生気の抜けた顔で呆然としている。

 

 部屋には、綾鶴の他に実峯がおり、それまで彼女が少女の相手をしていたのだと思われる。


「……この娘は?」


「それが……わからねえんだよ」


 綾鶴が頭を掻く。


「わからぬ、とは?」


「一人で山から『降りてきた』のを、農民が見つけたんです。

 脱水症状があって、衰弱していたので水を与えて休ませたのですが……

 声がうまく出せないみたいでして……

 外見の特徴から京国東部の女の子だと思われるのですが……」


「山を『降りてきた』? 何処の方向からか」


 晶に、嫌な予感がしていた。


「農民の話だと……東南方向」


「山脈か……」


 晶の顔が険しくなっていき、綾鶴も実峯も只事ではないことを感じる。


「何があったんだ。仙野多摩《せんのたま》で」


 綾鶴が聞くと……


「仙野多摩というより、山脈にリヒトはたくさん砦を作っているのでござる。

 そこで……何やらよからぬことを企んでおる……」


「よからぬこと?」


「わからぬ。しかし……拙者の予感が当たっているなら……その娘は山脈のリヒト施設から逃げてきたのではあるまいか……」


 軍務室を、冷たい沈黙が包む。


「確かに、子供が一人で山脈を越えてくるとは思えません……。子供を攫って……施設に監禁しているということ……?」


 晶は膝をポンと叩いて立ち上がり、少女の前まできた。

 少女は顔は晶の方に向けるものの、目の焦点が合っていなかった。


「……拙者が、そなたの友達を助けて見せる」


 そう言って、ねじ曲がった刀を壁にかけ、別の刀を腰に刺した。


「も、もう行くのか!? 帰ってきたばかりだろう!」


「拙者とマーラの二人で行く。光太郎は流石に休ませるにござる。留守を任せてばかりですまぬが……小十郎を頼む」


「マーラ?」


 晶はすでに、軍務室を出ていた。



 * * * * *


 少女が草木を分けてきた跡を辿って、辿り着いたのは想像通り、山脈の中に陣取るリヒトの施設だった。

 この施設を建設するために、リヒトは西部中央部も消極的な攻撃しか仕掛けてこなかった事になる。


 施設には……案の定、百近い兵が常駐している。


「……マーラ」

 

 砦を前にしてマーラに話しかける。


「ナニ」


「味方が斬れるか?」


「……コノ、シセツニ、カカワッテルヤツ、ミカタジャナイ」


「……左様か。しかし、前回みたいな突入はもう、御免蒙る。

 ……拙者が敵を外に誘い出す。山岳の地形を利用して……何とか生き延びる故、

 その間に中にいる子供たちを救出してほしい。できるか?」


 マーラは頷いた。


「ヤル」


「うむ……八曜の神よ、我に力を……」


「……ナニソレ?」


 

 * * * * *


 タッと晶は駆け出し、門番を袈裟斬りにする。


「我こそは中荒隅の竹中である!! ただいま森に火を放ちもうした!!

 拙者が生きているうちは、森を焼き尽くすまで火を放つ!! 我こそはと思う者は拙者を止めて見せよ!!」



 ダン! と門から沢山のリヒト兵が駆け出してくる。

 それを見届けると、晶は森に姿を隠した。




 * * * * *


 マーラは砦に潜入した。

 兵のほとんどは外に出たようである。

 残っていても、自分はリヒトの格好をしているリヒト兵。

 見つかっても怪しまれることはなかった。


 しかし施設に、晶の言うような子供など見つからない。

 

 ギエエエエ!! という叫び声が聞こえ、声のする方へ行ってみると……

 鉄製の扉。

 

 開けてみる。


 すると……、おおよそこの世のものとは思えない巨大な鳥が人間の四肢を咥えていた。

 

 ヒ!!

 マーラは尻餅をつく。


「誰だ! そこは開けるなという命令のはずだぞ!!」


 しまった!! リヒトの兵が来る!!

 足跡が近づく。


「……あなたは、マーラ?」


「……セルジュ」


 やってきたリヒト兵は、ハンナ隊長と同じ部隊の戦友、セルジュだった。確か、ハンナ隊長と一緒に東部方面軍に配属になったはずだ。


「どうして貴方がここに……?」


 * * * * *


 森に身を隠す。

 敵はこの地で調査をしているらしく、この地に明るいのがわかる。

 これはそう長くは持たない。

 

 なるべく敵の群れから遠ざかるように砦を迂回しているその時だった。


 ザザザ!! と赤い影が近づき、

 迷うことなくこちらに飛び込んできたのである。



「……ッ!!」


 敵の双剣を刀で受ける。

 こいつは……一度見たことがある。

 確か、秋綾の車山屋で切り掛かってきた奴だ。

 どうして隠れていた自分を、遠くから見つけることができたのか。

 

 このまま茂みで取っ組み合っていたのでは、リヒト兵に包囲されてしまう。


 晶は敵を弾き飛ばし、暗闇を茂みに沿って降りていく。



 * * * * *


「マーラ!? どうしてここに!?」


「セルジュ……私は今、京軍と行動している」


 マーラが言うと、セルジュは剣を抜いた。


「……嘘だと言って頂戴……」


「セルジュ!! これがリヒトの正義で自由って、胸を張って言えるの!?」


 セルジュが斬りかかる。マーラはそれを受ける。


「私たちの自由は、こんなことなの!? 私たちはこんなもののために、『地獄の壁』を越えて、中荒隅を攻めたというの!?」


 マーラはセルジュの剣を弾き返す。しかしすぐ次の剣が来る。


「私たちは軍人。そして京人は敵よ! 敵は殺す!!」


「それが子供でも!?」


 その一瞬である。セルジュの脳裏に、中荒隅で胸を刺した少女の姿が浮かんでしまった。


「セルジュ!」


「うるさい!! 仕方なかったのよ!! やらなきゃ私が斬られてた!!」


「セルジュ……?」


「黙れ!!」



 * * * * *

 

 急な勾配を転げるように下っていく。

 その間も、赤い布はこちらを追撃してくる。


 晶が岩に引っかかり、動きを止めたところに女は剣を突き立ててくる。

 それを刀で受け止める。


 赤い布の空いている手から、双剣が繰り出される。晶はそれを既《すんで》のところでかわす。


 ガン! と双剣が岩に突き立てられる。晶は赤い布の脇をすり抜けながら、胴を抜いた。


 手応えあった。しかし……敵は赤い布の下に甲冑を着込んでいた。


(重装備であんな動きを……?!)


 しかし、これで創建の一本は岩に持っていかれた。

 敵は創建一本で構える。晶は落ち着いて刀を青眼に構える。

 勾配の途中で、ジリリ……ジリリ……と互いに距離を詰める。


 しかし流石に不利と見たのか、赤い布はバック転をしながら遠くに離れ、その場から消えた。


 ……なんだったのだあれは……。


 晶は思わず、勾配に背中を預けて、肩で息をした。


 

 眠りかけたが、鳥に突かれて起こされた。

 

 ン? なんだ? 


 鳥は、手紙を運んできているようだった。

 ……確か桔梗凛《ききょうりん》が鳥で手紙を寄越すと言っていた。


 晶は手紙を受け取った




 * * * * *



 セルジュが飛びかかり、面を狙ってきたところを、マーラが胴を抜いた。


「ウ!!」


「セルジュ!!」


 マーラが、元戦友の元に駆け寄る。


「セルジュ!!」


 口から血をこぼし、セルジュはすでに霞んでいる視界の中に、元戦友を写した。


「……マーラ……貴方は……正義を……」


「……セルジュ……!!」


 リヒトの施設を統括していた女将軍は、静かに息を引き取った。

 


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