山脈の妖
「これを持っていて」
仙野多摩近郊の山岳地帯、夜。
晶が桔梗凛に手渡されたのは、青い紐が括り付けられている木の棒だった。
「これは?」
「その紐からは、訓練された鳥にしか分からない匂いが分泌されている。
仙野多摩で動きがあったら、私から知らせよう」
「分かった。かたじけない」
晶は紐のついた木の棒を受け取り、桔梗凛と別れた。
* * * * *
凍てつく山風の吹き荒ぶ夜道を黙々と進み、それは見えてきた。
それは、晶が予想していた幾倍もの大きさの施設である。
「あれは……城ですかい?」
白い息を漏らしながら光太郎がつぶやく。
晶は遠くから目を凝らし、じっくりと観察する。
そもそもがなぜ、こんな場所に城を立てなければならなかったか。いかに高い建物を建てたとて、見えるのは仙野多摩の街並みくらいだろう。
どのみち、物見櫓を立てれば住む話である。
ザウター皇子は仙野多摩を占領し、この施設を建てるために時間をかけているのか……?
「忍び入り、調べて見ぬと分からぬ」
* * * * *
「『忍び入る』とは言いますがねえ……」
施設を取り囲むのは、リヒト兵十人。
「外にこれだけいるんじゃあ……中にはもっといますぜ。六十から百……」
ますます分からなくなった。
この施設のために、本国から追加で兵も徴収したのだろうか。
「どうしますね。お得意の夜襲で百人斬ってみますかい?」
「……イヤ、斬る必要にあらず。拙者たちの目的はあの砦の調査にござる。小十郎、火打ち石は持っておるな」
「……ああ」
晶は、さらに山を登ったあたりの森を指差した。
「乾いた草を集め、あそこに火を起こして参れ」
「……火?」
「うむ。思うに、この砦は何かを観測するための基地にござる」
「例の巨大生物ですかい!?」
「何かは分からぬが……そのために時間をかけているならば森の異常は彼らにとっても異常事態に違いない。頼めるか」
小十郎は頷いた。
「ああ。ちょうど、火にあたりたかった気分だ」
* * * * *
晶と光太郎は茂みに身を隠す。やがて、晶が示したあたりの木から煙が出ていく。
来い、来い、来いと晶が念じると……
ワー!! と砦から大勢の人間が駆け出していく。
その数、百を優に超える。
「思った以上の反応にござるな……」
「好都合でさあ! いくならさっさと行きましょう! 凍え死んじまう……!!」
* * * * *
誰もいないと思われた砦の中だったが、潜入して早々リヒト兵と出会した。
晶は、瞬時に首を落とし、叫ばせなくした。
「……神よ赦したまえ……」
「……どういう事ですかね……まだ別の敵将が控えてるということですかい?」
「分からぬが、ここまでやってしまったからには行くしかあるまい……八曜の神よ、我に力を」
砦からは百人は出たのにも関わらず、砦から総員出動した、というわけではないらしく、常駐兵が数人はいた。
晶と光太郎は背中合わせになって、これら幾十の兵と斬り合いになる。
「何やら、死地に来ちまいましたね!」
「なんの……八曜のお導きあればこそ!!」
ダっと駆け出して突いたた斬った突いて斬っての繰り返し。
気がつけば幾十のリヒト兵の死体の山が築かれる。
そして早速違和感に気がついた。
この建物、高さのわりに階段がない……。
* * * * *
晶が、鍵のついた大扉に気を取られた隙である。
「大将!!」
飛びかかってきた敵兵を光太郎が体当たりで止める。
なんとか制圧しようとするが、此の敵将は相当な手練れであり、光太郎をして苦戦をしている。
「行ってください! こいつは、あっしが!!」
晶は頷き、錠付きの扉を蹴破った。
* * * * *
晶が扉を蹴破った先に見たのは……
「なんだこれは……」
そこには無数の鳥が『倒れて』いた
鳥……と言うにはあまりにも巨大な……
背丈は成人男性より遥かに大きく、翼に至っては、
広げたら成人男性両手を広げて四人分と同じ幅だろうか……。
怪鳥などと言うものではない。妖だ。
連中は、『これ』のためにここに施設をたてた!?
* * * * *
扉から戻ると、光太郎が敵将を組み伏せていた。
「とんでもねえやつですぜ。大将が扉から出て行こうとしたら、自分の舌を噛み切ろうとしやがったんです。代わりにあっしが噛まれましたよ。とんだ災難だ!」
晶は、鬼の形相で、敵将に向かっていった。
恐る恐る、光太郎が話しかける。
「……で、何があったんです?」
「……ミ……タ……ナ」
女将軍が、辿々しい京言葉で話してきた。
「……あれは何でござるか……」
「……シラナイ。コワイ」
すると入り口あたりが騒がしくなった。
兵が戻ってきたのかもしれない。
「おおっと、長居は不要ですぜ!」
「……ここは退く。お主、観念してついて参れ」




