中央方面軍偵察。その二
女性に連れられるまま、山道を実に一キロは進んだ。
……女性の言った通りだ。山を降るように、仙野多摩に降りていく幾百の足音が聞こえ、リヒトの軍服を着た者が歩いている。
「あれは……?」
リヒト兵が、険しい山頂から降りてきている。
中央山脈、すなわち『裸木山脈』は、中荒隅の『地獄の壁』につながる山脈だが、標高は比べ物にならない。
まず、道などなく、そこにあるのは崖と呼んでもいい急勾配だ。
人類未到と呼ばれた高い高い壁がそこにあるだけである。
そんな場所になんの用事がある……?
リヒト第一皇子、ザウターの軍は仙野多摩を制圧した後、ずっとここで何をしているんだ……?
「毎日よ。毎日、彼らは山の高い所まで歩かされている」
「……誠にござるか」
「本当よ。毎日見てるから」
「其方は?」
晶は、自分達を助けてくれた恩人の名前を尋ねる。
「私は桔梗凛。仙野多摩に住んでいた、狩人の娘よ。
あなたは京武士でしょ? 仙野多摩を取り返してくれるなら、協力するわ」
晶の隣、茂みに隠れるように光太郎が無精髭を触りながら……
「簡単じゃあねえですな。
制圧する事自体は難しくない。リヒトさんが山に登っている間に攻め込んじまえばいい。晶様なら容易いもんだ。ただ……」
「左様。我々には軍がない。制圧できても仙野多摩のような広大な場所は維持できぬ。ここには、偵察に来たのにござる。
加賀美様の援護があれば、制圧もできるかも知れぬが、京浜大志が制圧されたとあっては。……それに……」
晶は再び、視線を山頂に向けた。
「あの上に何を隠しているかがわからぬ以上、慎重にならねばならぬだろうな」
四人の視線は山頂に向けられる。
「凛殿……とお呼びすればよろしいか。拙者、中荒隅の竹中晶と申す。仙野多摩は、八曜の名に誓い、いずれ京国が取り戻す。
今は、あの上に何があるのか気になる。案内してくだされ」
「……わかったわ。この上にはリヒトが何かをやっている施設があるのまでは知ってる。そこまで案内するのでいい?」
晶は頷いた。
* * * * *
夜間の登山は危険だ。
しかし、日中登れば、毎日登山をしているというリヒト軍と山で鉢合わせる。
仕方がなかった。
そんな中でも、さすが狩人の娘というだけあって、桔梗凛は実に軽やかに岩場を登っていく。
それは……雲の上の、やや開けた場所にあった。
* * * * *
空気の薄さが一瞬でわかる。
そこまで標高の高い場所に四人は居る。
道とは呼べぬ岩登りを繰り返した後、たどり着いたのは、やや開けた草原の場所だった。
夜なので、下の景色はわからない。
桔梗凛の案内がなければ、遭難をしていただろう。
雑な木製の柵。
これが意味するところがわからないが、明らかに何かと何かを区切っていた。
夜間のこの辺りは、突き刺すように寒く、長居をするのは危険と思われる。
リヒトの兵がいないことを確認すると、四人は柵を踏み越える。
「待て!!」
思わず晶が三人を制する。
草原にしゃがみ込む。
「どうした……?」
小十郎が近寄ると、晶は何かを拾い上げた。
「……うげえ!?」
光太郎が思わず仰反る。
晶が拾ったのは、人間の腕。
「……まだ新しい……こんな場所で京武士とリヒトは戦闘をしない。
だとすると……?」
「野生動物ね」
桔梗凛が白い息で答える。
暗闇でよく見えなかったが、晶の周りにはこの腕の持ち主であろう者の血液が飛び散っていた。
光太郎は思わず口を抑える。
「なぜ、腕だけ残っている……?」
「確かに奇妙ね。人間を食う生き物なら、食いちぎったのだとしても腕を残すのは不自然だわ」
「……もしくは……腕だけ『食い残した?』」
「じ……冗談じゃねえっすよ! そんな馬鹿でかい生き物がこんな場所に!?」
すると、晶は別の違和感に気がついた。
「シ!!……煙の匂いがする。敵にござる……」
四人に緊張感が走る。そして、足音を立てぬように茂みの影へ。
* * * * *
足音が聞こえてくる。
晶が腕を拾った場所に現れたのは六人。
リヒト兵である。
晶は、リヒト兵の顔をじっと眺めた。
(敵将は……中央方面軍……アガーテ・アプト。
中央の生まれで先頭経験は少ない……。
まして夜襲を仕掛けられた経験は、おそらく皆無)
晶は、光太郎と小十郎に、静かな声で話しかけた。
「夜襲を仕掛ける。将は斬る。
兵士のうち一人は生捕にしたい。ここで何をしているのか取り調べる。桔梗凛殿はここで待っていてくだされ」
三人は頷く。
そろり、そろりと三人で背後に忍び寄り……
ヤ!! と晶の刀が敵将アガーテの背中を貫いた。
「ガ!!」
アガーテの悲鳴とともに、左右の兵が剣を抜く、と同時に、光太郎、小十郎の剣が二人を突き倒す。
アガーテの体から刀を抜くと晶は残り二人に飛び込み、胴抜き。そして突きで仕留める。
「後一人は!!」
晶は振り向くが、すでに姿が無かった。
「すんません!! 取り逃しました……」
「追いかけるか……?」
「……いや、それより、奴らはこの時間までここに『残っていた』これが意味することは……?」
四人とも非常に寒く、あたりは夜風が吹き荒んでいた。
小十郎は何度も手を擦り合わせ、息で手を温めている。
晶は草原に地図を広げる。
しかし当然真っ暗で、晶以外誰の目にも地図など読めない。
「……ここが仙野多摩。いま拙者らがいる場所は……この辺りの山の中腹。
おそらく敵の基地がある。用途は不明だが……。
そして敵は将を失っている……今は夜」
「……夜襲を、お考えですかい? 敵は何人居るか分かりませんぜ?」
晶は地図をしまった。
「やつらは、向こうから歩いてきた。参るぞ」




