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中荒隅学校

 中荒隅なかあらすみ


 復興のために集まった労働者たちの楽しみは、川から引いてきた水を沸かす、そこそこの広さの露天風呂である。

 そこに、陽香が筋肉痛や神経痛に効く漢方を調合して風呂に混ぜる。いわゆる漢方風呂だ。


 京国の戒律かいりつは厳しい。

 酒や煙草はおろか、砂糖を含んだお菓子は口に入れてはならない。

 必要以上の食料を食べることも禁止。夫婦となった相手以外との逢瀬も禁止。

 従って京国の娯楽らしい娯楽は自然と風呂になる。

 風呂は、川の水と一つになる、つまり神と一つになる時間として励行れいこうとされている。

 

 熱い温泉に入りながら、冷たい川の水を飲む。これで労働者は『整う』のだという。


 労働者に紛れて、この時は先ほど戦をこなしてきた晶や光太郎、小十郎が風呂に入っている。

 灰まみれで汚いから、皆が上がるまで待とうと晶は思っていたが、そんなことを気にするような人間は中荒隅にはいない。

 むしろ、普段遠征の多いこの三人の話を、裸の付き合いをしながらみんなして聞きたがっていた。


 晶は、自分の身の上話は嫌がったが、過去の中荒隅の話ならば喜んで言って聞かせた。

 特に中荒隅には寺子屋が無く、読み書きは自分と、兄が子供に教えて回っていた事などは、懐かしそうに、嬉しそうに語った。


 あまりに喋りすぎて、恥ずかしくなってしまった晶の代わりに、労働者たちは隅の方でむすっとしている小十郎に話を振った。


「小十郎は、ここに来るまでに何を?」


 これはおそらく、いろいろな人間がききたがっていた事だろう。

 もう見慣れた外見だけれども、小十郎の姿は中荒隅では、目立つ。

 

 普段は無口な小十郎でも、風呂の中では硬い口も緩むと言うもの。

 湯気に当てられて彼は、険しい顔についている口が開きかけて……


「……いや、やめた」


「ええ!? なんですかい。気になるじゃねえですか!」


 小十郎は頭を掻いて、


「言っても多分、信じてもらえん」


 そう言った後、「のぼせた」と言って風呂から出て行った。

 取り残された労働者たちは呆然とするばかりである。


「やっぱり……相当後めたいことをして来たんじゃねえか?」

「人斬りとかか、山賊とかかい」


 労働達がそうこぼすと、


「んなわけないでしょう。彼は敬虔けいけんな八曜教徒ですよ」


 と光太郎がすかさず言葉を挟み込む。


「『自ら冠を戴く者に功は少ない。自ら罪を語る者に悪は少ない。

 そして大事を成した者ほど、静かである』なんてのはよく言ったもんでねえ」


 すると自然と労働者たちの視線は光太郎に集まる。


「……そういう光太郎さんは、今までどこで何を?」


 すると光太郎はバツが悪そうに……


「おっと。へへへ。あっしのはね。後めたい方」


 そう言って、風呂場を後にした。



 * * * * *


「中央方面軍ねえ……」


 中荒隅城。囲炉裏の前、いつもの姿勢で菊千代が晶の報告を聞き終えたところである。

 補給部隊を助け、再び中荒隅に本国からの救援物資が届くようにはなったが、やはり仙野多摩せんのたま京浜大志けいひんたいしと言った都市が占領された今、物流の線を引くのが困難になりつつある。


 仏頂面で座っている綾鶴あやつるの、眉間にも皺がよる。 


「どう思う。西部軍と合流して中荒隅を挟撃してくる思うか?」


 ふぁああ。とあくびをして、菊千代は鼻を擦る。


「さあ、わからんねえ。中荒隅に来るもよし。飛騨高雄ひだたかおを獲りに行くもよし。

 ……京浜大志に真っ直ぐ合流しないのは悪手だと思っていたけれど、

 ここ(仙野多摩)に居座られるのはそれはそれで厄介だねえ……」 


「案外……」


 顎に指を当てて考え込んでいた実峯が口を開いた。


「弟たちを支援しているようにも見えますね。

 手柄を譲って、自分はどっしりと中心で構える」


 んー。と、菊千代は唸った後、晶を見た。


「どうだい。仙野多摩にちょっと行って、皇子斬ってくるってのは」


「そんな、散歩じゃないんですから!」


 ともすれば本気になりそうな晶の代わりに、実峯が口を挟んだ。


 そこに、扉が開く。


「……軍議中すまん。ちょっといいか」


 入って来たのは、小十郎だった。


「いかがした、小十郎」


「ああ。……村のことなんだが……」


 ただでさえ無口な小十郎から中荒隅の事で提案があるとは珍しい。

 晶は姿勢を変えて、小十郎に向き直った。


「……寺子屋を作るのはどうだろう?」


「寺子屋ぁ? なんで」


 菊千代が面倒臭そうに答える。


 すると小十郎は、深く息を吸った。何か覚悟を決めるような仕草に見える。


「戦争になるまで俺は教師だった。仙神堀の寺子屋で……子供に読み書きを教えていたよ」


 皆、黙ってしまった。


「お前その、が……」『外見でか』と言う言葉を、綾鶴は思わず飲み込んだ。


「聞けば、だんだんと村に人は増えてるんだろ? そうなると子供も増える。

 子供に一番必要なのは、もちろん信仰もだが……勉学だと俺は思う」


「……こんな前線の、物騒な村に子供がくるかねえ?」


 鼻を擦りながら菊千代は大きくあくびをした。


「いや、良いのではござらぬか?」


 自然に晶が割って入る。


「元々、ここ中荒隅は勉学の都市であったと聞き及ぶ。

 中荒隅は、今は確かに戦禍の真っ只中なれど、いずれは子供の大勢いる村となるであろう。それに、教師も沢山おるからのう。綾鶴」


 皆の視線がなぜか綾鶴に集まる。


「は!? 俺!?」


「勉学にも精通しておるから、『綾名』を名乗っておるのではござらぬか?」


 そこに実峯じつみねも加わる。


「戦争が続けば、難民や孤児だって増えます。

 事実、京浜大志から来た人だっているんです。子供が増えたって不思議なことではありません。……確かに、その子たちに誰が勉学を教えればいいか、私も失念しておりました」


「だ、だからと言って俺かよ!?」


「綾鶴だけではござらん。拙者だって、小十郎だって手が空いてれば喜んで読み書きくらいなら教えよう。

 いずれは道場も作って、戦う術を教えるのも悪くない。菊千代殿、この案、拙者は賛成にござる」


 すると、菊千代は大きくあくびをした。

 

「作る場所なら決めてあるよ。……どうせ子供が増えることぐらい想像はついてたさ。僕ぁ先生やるのが面倒臭かったから乗り気じゃなかったけれど、やってくれる人がいるんだったらいいよ。必要だよ。寺子屋は」

 

 菊千代が言うと、小十郎の表情は少しだけ柔らかくなった。


「となると、これから拙者は晶先生。そして小十郎先生と綾鶴先生にござるな!」


 晶が笑うと……


「せ、先生は勘弁しろよ!!」


 と言いながらも、まんざらでもなさそうな綾鶴がそっぽを向いた。


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