ラルフの策
虫の鳴き声しかしない、中荒隅の涼しい夜である。
晶、光太郎、小十郎の三名が山を駆け降りる。
晶の見積ではそろそろ、京浜大志に一番近づく場所になる。
「……!! シッ!!」
突然晶が立ち止まる。
「……どうしやした? 大将」
「……焦げ臭い。……これは油の匂いにござる」
ここにいる京武士は、夜襲を得意としているために三人とも夜目が利く。
小十郎が、山道から逸れた、いわゆる獣道を見つけた。
「こんなもの、いつもあっただろうか?」
「……東に伸びてますねえ」
晶はクンクンと鼻を利かせると……
「……行ってみよう。拙者が先頭をいく。ついて参れ」
* * * * *
少し山を登ったあたりに、巧妙に偽装された櫓を見つけた。
偽装しつつもそれなりの高さがあり、中荒隅の集落まで見渡せそうだった。
不気味なほど『しん』としている。
少なくとも、誰かがいそうな雰囲気は無かった。
「……誰もいないんですかねえ……」
光太郎が小さい声で言う。
「……!!」
晶は咄嗟に脇の刀を抜く。
そして左右を突くと、両脇の茂みから槍を構えたリヒト兵が倒れた。
「姿勢を低くして走れ!! 囲まれている!! 建物の中が安全にござる!!」
晶たちが櫓まで走ると、今まで聞こえなかった茂みの中の音がざわめき出した。
十人。二十人。いや、五十人近くいる!!
茂みからリヒトの槍が伸びる。間一髪で晶はそれをかわす。
とにかく姿勢を低く、まるで這うように……
人間からの襲撃を逃れる蛇のように這っていき、櫓に飛び込んだ。
* * * * *
「……ヒエエ。生きた心地しませんでしたぜ」
晶は、扉の脇の小窓を眺めている。
明らかに数十人が櫓砦の周りを駆け回っている。
「……いや、これからにござる……!!
連中はこれから、ここに火を放つつもりにござる」
「……でしょうねえ。どうします? 飛び出しますか?」
「ご冗談を……」
「ならどうする。焼かれるのを待つか」
小十郎が言い放つと晶はあたりを見回す。暗闇の中、神経を尖らせる。
「……ここは急造された櫓のはず。
だとすると作りが簡易的なものにござる。
ならば……」
* * * * *
想像通り、晶たちが逃げ込んだ櫓に火が放たれた。
ものの数秒で、櫓が燃え上がる。
リヒト側の将、ラルフは炎をぼんやりとみていた。
彼の脇には、六十のリヒト兵。そして、捕らえられた京国の補給部隊がいる。
補給部隊は、晶たちが櫓に突入したのをみている。
各々、顎を震わせて立ち尽くしている。
その隣で、無表情にラルフは眺めていた。
「リヒャルダ様、仇は取りました……」
そのような言葉を、ポツリとこぼした。
* * * * *
ややあって、建物が燃え尽きた。
捕らえられた補給部隊の面々は、縛られたまま膝を崩し、涙を流している。
中荒隅の英雄を、自分達のせいで殺してしまったかもしれない。
「遺体を確認しろ」
ラルフは兵に指示を出す。
兵たちは、燃え尽きた木造の櫓を、燃え跡をかき分けて進んだ。
その時である。
「ぐ!!」
リヒト兵が倒れる。
立ち並びに二人、三人とリヒト兵が倒れる。
すると地面から京武士が三人立ち上がり、油断していたリヒト兵を次々と斬り倒していく。
床を剥がし、穴を掘ったのである。
それで、煙と火をやり過ごした……。
流石のラルフ将軍も目の前の景色に圧倒されていると、
晶からの鋭い剣撃が襲い掛かる。
「く!!」
ラルフも剣を抜いたが肩に傷を負った。
両者睨み合う。
そしてラルフが上段に大きく振りかぶった瞬間に決着がついた。
この動きを読んでいた晶が、ラルフの胴を抜いた。
これで勝負はあった。大将を失った兵は、三々五々、その場から離れていく。
* * * * *
「ありがとうございます晶殿。
危ないところを救われました……」
輸送隊から頭を下げられる。
「良いのだ。ところで、彼らはどこの部隊か知っておるか?」
すると輸送隊は……
「はい。中央方面軍、ザウター将軍の配下だと申しておりました……」
「中央方面軍……」
このようにして、晶は中荒隅の補給路を復旧させた。




