鬼の東進軍
晶たち四人が中荒隅に着く頃には、あずま屋がとりあえずの城になっていた。
そして田畑が増えた。住民も増えている。
「今は百人くらいかな。ようやく、村らしさを取り戻しつつあるよ」
晶を出迎えた綾鶴が、満足そうに中荒隅の景色を眺めている。
「うむ……。夜草も、この村の者たちも、今頃喜んでいる事にござろう。ご苦労であった」
「おう。……あと、お前が留守の間に加賀美様から手紙が届いてたぞ」
「加賀美殿から?」
* * * * *
「晶へ。
淀桂の件は、我々としても不甲斐ない結果となってしまった。
この件のことで君にも心配をかけたと思う。優秀な弟子を二人も失ってしまったことは痛恨の極みではあるが、
私は悪運しぶとく、健在であるので君は君の仕事をこなしてほしい。
東部戦線は問題ない。
これは、逆を言うと未だ、中荒隅が危険な状態であることを意味してはいるが……。
リヒトの戦略はあくまで大陸西側からの侵攻だ。
スタンウェイ皇子は、隣人として持つにはこの上ないほど望ましい人物には違いないが、一国民を背負っていけるほどの器の持ち主にはなり得ないだろう。
リヒト皇帝もその辺りの事情を解っている。よって、国が積極的に彼を助けることはしないであろう。残酷な話だが、それがリヒトという国だ。
今頃、役に立たない兵のみを押し付けられて、兵糧不足に喘いでいる頃に違いない。
それと、淀桂の奪還に、京国首都、荒神付きの将、月光鴉半兵衛の隊が出陣しておる。
良い知らせはそれだけではない。
君も名前は知っていると思うが、京国の義賊として知られる人斬り『伊罪』が、リヒト狩りを始めて大陸東部に現れているという。
彼らは二重苦、三重苦の中、京浜大志への侵攻を今頃、リヒト本国から突きつけられている頃だ。
よって君が思う以上に、彼らの状況は良くない。
ここ数回、悪運よく勝利を重ねているがそれも長くは続くまい。
さしずめ、リヒトの神が天に見放された皇子に、同情票を与えただけのことだ。京浜大志が落ちることは、どのような奇策を用いてもあり得ないと断言しよう。
君には、とにかく中荒隅を一刻も早く復興させ、リヒトから防衛してほしい。
むしろ私の心配はそこにある。
中荒隅が無事の間は、京国は無事であろう。
お互いの健勝を祈って。車沢加賀美」
彼らしい、自信に満ちた文章だ。
京浜大志の様子もこの間、自分の目で見てきたばかりである。
淀桂が堕ちた時は、どうなるかと思ったがどうやら、これで一息つけるだろう。
晶は、城の縁側に座り、刀と砥石を取り出した。
綾鶴はなんとなくその姿を見ている。
それは、痛々しいほどに欠け、曲がり、生々しい赤いものがついている。
……この期間、どこで何人斬ってきたんだこいつ……
晶は、黙って砥石に水をつけ、刃こぼれの部分を研ぎ、金槌で曲がった刀身を真っ直ぐに整えようとしている。
「……買い替えた方が早いぜ?」
「む? ……うむ。そうにござるがな……」
「よほど思い入れのある一振りなのかよ」
綾鶴が聞くと、晶はにっこりと振り向いた。
「なんの。ただの安物の刀にござる。拙者が貧乏性故」
そういって、気が遠くなるような作業を黙々と始めた。
……こいつはこうしてる時に心が安定するのか? と綾鶴は考えた。
その時である。
山を、駆け上がってくる足音が一つ。
晶は刀を研ぐ腕を止めた。
「で……伝令!! 伝令!!」
「おう。どうした」
「……京浜大志が……リヒトに占領されました!!」
「何!?」
「忠盛将軍、琴音将軍は無事に荒神に撤退した模様。なを、京浜大志は月光鴉半兵衛の隊が対応するので、
晶どのにおかれましては中荒隅を死守せよとの事!! 以上にございます!!」
* * * * *
「京浜大志が……信じられん……」
晶は顎に指を置いた。
「……加賀美殿に二度も土をつけた男にござる。
やはり、侮れぬ敵であったか……」
京国は、首都への玄関口を制圧された事になる。




