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車山屋事件

 大雪の降り荒ぶ街。秋綾あきあや

 もちろん、晶は来るのは初めてだった。

 

 ここでは一年中、大雪が降るという。

 道も、街も、雲の中にいるかの如く真っ白である。


 晶たちは一軒一軒長屋を周り、リヒト人が出入りしていないか聞いて回った。

 住民の様子がおかしいのは、すぐにわかった。


 * * * * *


 流石に長旅の疲れと寒さが堪える。


 四人で囲炉裏を囲む。


「……どう思いやす?」


 光太郎が真っ赤な火を見つめながらつぶやく。

 赤い色を見るのが、ずいぶん久しい気がする。


 晶は少し目を閉じて腕を組み……


「何かを隠しておるな。ここの住民は。全員」


 秋綾にきてからと言うもの。真っ白な雪の間を縫って感じる、異質な視線。

 離れることのない、まとわりつく違和感。

 それら一つ一つを拾い集めると、段々とこの秋綾と言う街を形成しているものの正体が分かる気がした。


「……混血だ」


 小十郎が小声で、しかしはっきりと言い切った。


「ここの奴ら全員、リヒトとの混血だ」


 真っ赤な炎から登る煙が、小十郎の前髪を揺らす。


「俺たち混血は、京国とリヒトが断交してから居場所はなかった。

 正直、京国に恨みを持っている人間も多かったと思う」


「その者たちが集まったのが、ここ秋綾だと?」


「……ここは京の中心都市から遠いからな。京武士は中心都市を守るのに必死。

 誰もこんな場所のことなんて、考える人間はいなかったんだ」


「恐ろしい話だねえ……隠れリヒト人の街かい……」

 

 そう言いながら、光太郎は指で晶に合図を出している。



(襖の向こうに、二人)



 晶も気がついていたようで、黙って頷いた。

 そして、舞に襖から離れるよう指示を出した。


 小十郎が刀に手をかけたが、晶はそれを制した。

 光太郎に合図を出す。


 ……サン、ニ、イチ……

 光太郎が襖を開けると、晶が腕を伸ばし、隠れていた男を掴んで部屋に投げ入れた。

 もう一人が逃げようとしたのを、小十郎が締め上げる。

 


 * * * * *


 男たちを浴衣の帯で拘束する。


「拙者たちになんの用にござるか」


 晶の声が低く唸る。


 片方はまだ子供。もう片方は老人だった。

 野盗にしては不自然な組み合わせである。

 二人とも押し黙っているが、明らかに晶に怯えていた。


 小十郎が晶の前に出る。


「俺たちは……この街をどうこうしようとしてるんじゃないんだ。

 お前たちの居場所は奪わない」


 子供の方はもう、泣きかけていた。


「お前たちに謀反をほのめかせた首謀者はどこにいる。それだけ教えてくれ」


 老人の方は口を一文字に結び、押し黙っている。

 子供の方は、嗚咽を漏らしながら……


「か……金をもらったんだ。俺たち……混血に仕事はないから……」


「国を売ったのにござるか」


 晶の声が冷たく響く。それを小十郎は制した。


「……お前たちのやったことは許されることじゃない。

 だが今からでも心を入れ替えてくれさえすればいい。

 ……首謀者は誰だ。どこにいる」


 すると、子供の唇が震えながら……


「ミヒャエル……ミヒャエル・ヴァルヒ……」


「どこにいる」


「……車山屋くるまやまや


 子供が答えると、隣の老人は明らかに狼狽えだした。


 フー。と嘆息を吐き、晶は立ち上がった。


「舞殿。拙者たちの後を離れるでない」


 * * * * *


 車山屋は、秋綾の中心地にある大きな宿である。

 見張りの男がいて、晶たちが近づいてくるのを見ると、すぐに宿に駆け込んだ。


(……八曜の神よ。彼らにゆるしを)

 

 晶は目を閉じて、信じる神に祈った。 


「参るぞ」


 * * * * *



 宿の扉を開けると、既に刀を抜いたものが五名ほど立っていた。

 晶は近い者を突き、隣の男を袈裟斬り。そのまま階段を上がっていった。


「舞ちゃんは俺についてきな!! 後ろを離れるんじゃないよ!!」


 光太郎は一階の奥の間に進んでいき、

小十郎は残った二人の男を峰打ちで気絶させて、中庭に駆け出した。



 * * * * *


 階段を登る最中に二人ほど駆け込んできた。晶は自ら距離を詰めて突き、二人目の胴を払った。

 登り切るとまた五人ほど現れた。晶は青眼で構えて全員を睨む。


 先頭のものが青眼、後ろの四人は上段に構えている。

 晶は臆せずゆっくり近づく。

 先頭の者が突きを繰り出すのを弾いて袈裟斬り。二人目、三人目の丸見えの胴を袈裟、横一文字に払っていく。

 四人目、五人目は恐ろしくなって逃げ出すのを、背中から刺した。

 

 晶が二階の奥の間を開けると、七人ほどのリヒト兵が控えていた。

 一番奥にいるのが、おそらくミヒャエルだ。


 六人がミヒャエルを囲むように並び、剣を構える。

 ミヒャエルは、晶に怯えるでもなく、無表情に見つめていた。

 晶は刀を下段に構えて、六人のリヒト人に臆せず近づいていく。

 

 やがて三人が一斉にかかってきた。三人分の渾身の剣を一人で受けると足で踏ん張りむしろ弾き飛ばした。

 そして一人、また一人と斬っていく。

 

「晶ぁ! 無事かい!!」


 部屋の外から、光太郎が走ってきた。


 リヒト人が光太郎に走っていくのを、居合の胴抜き。

 

「貴様らの負けだ。剣を下ろせ」


 晶が低く唸ると、リヒト兵は観念してその場にゆっくりと座った。


「ミヒャエルとやら……お主はリヒト人か?」


 すると、ミヒャエルは笑って答えた。


「京人だよ。君たちと一緒さ」


「なぜ……京国を売った」


 するとミヒェルの笑顔の中に、明らかな憎悪が含まれていくのを、晶は感じた。


「ボクらの居場所を奪ったのは、君ら京武士だろ? 取られたものは、返してもらう。当然のことだとは思わないか?」


「……信仰は。八曜への信仰心は失ったのか」


 ミハエルは、再び無表情になった。


「その八曜が、ボクを混血にして、体を売り物にさせた。

 言っとくけれどボクは八曜に、全てを捧げてきたよ。パパもママも人としての尊厳も。

 だけど八曜が僕にくれたのは、この真っ白い雪だけ。

 だったら……川の流れに全てを捧げるついでに、その川にツバを吐くことぐらい許されるって、思わないか?」


 晶は目を閉じた。


「……言い残すことは?」


「何もないよ。さあ、さっさと僕らを八曜の元に導いてくれ。

 ……神様に直接言いたいことなら、山ほどあるからさ」


 * * * * *


 晶、光太郎、舞の三人が一階に降りた時である。


 走り込んでくる足音と殺気に刀を抜くと、全身に赤い布を纏った目立つ女が短刀で切り掛かってきた。

 間一髪、晶は初激を弾く。


 

「光太郎! 舞殿を連れて上へ!!」


「だとよ! 舞ちゃん上に逃げるぞ! ……死ぬなよ! 晶!!」


 赤い布の女は、左右の腕に短刀を構える。

 

 このものは、明らかにミヒャエルの仲間ではない。何者だ!?

 動きが全く読めない。


 晶が距離を空けると、相手は途端に背中を向けたと思いきやバック転で素早く間合いを詰めてくる。

 まるで弾かれる赤いまりのようである。

 そして二本の短剣を突き立ててきた。

 それを辛うじて受け、払う。


(神よ! 我に力を!)


 距離を取られたら逆に不利と感じた晶は、思い切り踏み込む。

「うおおお!!」


 渾身の多段突きである。

 女は短剣で器用に払っていたが、最後の一撃が腕をかすった。


 かすった腕の方に隙をみた晶は、強烈な横面を払うが、女性はそれを、反対方向の腕に持っていた短剣で受けた。

 そして、晶の剣を弾き、バック転で宿から去っていった。


 * * * *


(何者だったのだ、あやつは……)


 思わず階段に座り込む。


(……小十郎!?)


「小十郎! 小十郎! 無事か!!」


 晶は中庭に出ると、小十郎の背中が現れた。

 彼の周りには、三名ほどの遺体。おそらく小十郎が斬ったのであろう。


 両手で『二』のポーズをとり、ひたすら祈っていた。

 晶も隣にたち、同じことをする。


 四人は、誰もいなくなった車山屋を後にした。

 大雪の中、大量の返り血を浴びた真っ赤な足跡がひたすら続いていたという。


 これが、後に、『車山屋事件』と呼ばれ、

竹中晶の英雄譚として語られる人斬り事件の顛末であった。


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