秋綾へ
晶たちは中荒隅のある有山を降りて、そのまま飛騨高雄には向かわずに京浜大志の城に向かった。
通り道だったと言うこともあるが、淀桂がリヒト軍に占領された今、次の戦場となるのは京浜大志の可能性が高かった。
そのために多くの京武士が配備されており、将の中には晶が仙神堀で修行していた頃の恩人、増田忠盛将軍と、宇津木琴音副将軍がここ、
京浜大志に配属となったと聞いたからである。
軍議の最中であるからと、将軍の部屋で待たされたが、しばらくして忠盛将軍はやってきた。
身の丈七尺の、巨人である。
「ぉんむお! おお!」
そして、相変わらず通訳が必要だった。
「あなたが小さすぎて見えなかったって言ってるわ」
「忠盛殿、琴音姉さん、しばらくぶりにございます。こちらに控えますは、我が同志の柳谷光太郎と、三枝小十郎にございます」
「むむおぉ!? おんむーーおぉリヒトおおん、むうおう!!」
「……そんなことより昼飯は食べたのか? と聞いてるわ」
絶対違う。多分小十郎の顔に思うところがあるのだろうが、伝わらないからもういいや。と思ってるに違いない。
姉さんはたまに優しい嘘をついて気を回してくれることがある。
* * * * *
「……飛騨高雄の内通者?」
「は。……そもそもが、荒神から飛騨高雄に通ずる抜け道など本当にあるのにござるか?」
すると突然、忠盛は立ち上がり、
「おんむぉ!! おんむぉおお!!」
「……それは、絶対に、絶対に教えられない。絶対にだ!! とおっしゃってるわ」
……部屋内に、気まずい沈黙が流れる。
あったのだ。飛騨高雄から荒川に直通する通路は。
「まあ、噂の真意はともかくとして、我々はそのようなことを言いふらす者を探しているのにござる」
「なるほど。そう言うことなのね……忠盛様」
「ウホ?」
「ちょうど良い機会にございますわ。どうでしょう。彼らに京浜大志の行商人を紹介しては」
* * * * *
京浜大志は、京国の中央にあり、東西に行き来する人間が必ず通る立地性から、流通の都市と呼ばれている。
「おんむぉ」
忠盛は、和紙と硯を用意して、その場で紹介文を書いてくれた。
……名人上手と呼べるほどの達筆である。最初から筆談してくれたら早いんじゃないか。
「これを持って、行商人市場の、業平という人物を訪ねなさい」
「は。ありがたいのですが……なぜ行商人なのでしょう?」
「ぅおん。おんむお」
「行商人は、実に色々な都市を行き来するわ。ならばその手の噂に明るいはずだからよ」
「なるほど! 左様にござったか! ありがとう存じます。ありがとう存じます!!」
晶は手をついて、何度も忠盛に頭を下げた。
「むぉんおおんおん。チビ」
「礼はいいからお前はもっと肉を食え。チビ。……と言っているわ」
そういうところは優しい嘘をついてくれないんだなあ。と晶は思った。
* * * * *
京浜大志の商人市場は、実にたくさんの人がいる。
人力車がそこかしこに行き交うために砂埃が激しい。
晶は市場を仕切っていそうな人物に、忠盛の書いてくれた紹介状を渡すと、しばらくして華奢な女性が出てきた。
「あなたが晶様ですか?」
「……業平殿とは……其方にござるか?」
「まさか。私は小笠原舞と申します。業平様の弟子の一人です。
……と言いましても、ここにいる商人のほとんどが、業平様の直属の部下か、弟子のどちらかですから」
「……実質、京国の流通を握っている方なのにござりますな」
なるほど確かに、そのような人物ならば京国中の内情に詳しいはずだ。
「忠盛様からご用件は伺っております。
中荒隅の御再興に、京浜大志からも協力させていただきます」
「え! 良いのですか!?」
「ええ。京国民同士、辛い時はお互い様ですから」
胸に響く言葉だ。
「ところで舞殿。我々はある噂の元を探しているのだが……」
* * * * *
「首都の避難口にまつわる噂話を広めている人物……」
「心当たりござらんか」
舞はしばらく熟考している。その間、小十郎はどこか一点を見つめていた。
「わかりませんが、おそらく行商人でしょう」
「それはどうして?」
「ええ。行商人なら、その地の内情に明るく、敵地になった仙野多摩にも足を運びますから」
その時、小十郎が晶の背中を叩いた。
「いかがした?」
「……あの男、先ほどからこちらをずっと見ている」
「何?」
晶が見ると、その男は慌てて走り去った。
「……追っかけるかい?」
「いや、こうも人が多くてはとても追いつけまい……舞殿、あの者に見覚えは?」
「彼は確か……秋綾と飛騨高雄を中心に行商をしていた商人かと……」
* * * * *
秋綾。京国の中でも北部にある常冬の地で、荒神からも遠い僻地である。
そういう場所には確かに、リヒトと結託し京国転覆を考える人物がいても不思議ではないかもしれない。
「秋綾か……」
「秋綾は遠方。行くのであれば私がご案内いたしますわ」




