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うわさ

 伝令が、その知らせを持って走り込んできたのは、兵たちの葬儀がようやく終わって、心に虚無を宿しながらも復興作業に戻り始めた、とある夜の事だった。


 伝令の顔は鬼気迫る顔をしており、一体どれほどの距離を走ってきたと言うのか、

肩で息をしており、晶たちの前に現れてもしばらく喋られないどころか、呼吸すらおぼつかない有様だった。


 陽香ようかが水を与えると、飲まずに頭からかぶる。

 そして二杯目を所望し、それを一息に飲み干すと、ようやく口が開いた。


「伝令にござる。……淀桂よどかつらが、リヒトの手に落ち申した」


 寝ていた全員が、一斉に目を覚ました。

 実峯じつみねが伝令の元に走りこむ。


「か……加賀美かがみ様は!? 皆は無事なの!?」


 すると伝令は……


「加賀美殿は、京浜大志けいひんたいしに無事、逃げ申した。

 ……ひとし様と晴美様は、加賀美殿の退路を切り開くため淀桂城に残り……京武士の本懐を遂げ、お亡くなり申した……」


「――……」


 声もなく、実峯は崩れ落ちた。

 声を出して泣くこともできない。ただ、音にならない嗚咽と共に涙が溢れてくる。

 晶は実峯の背中に手を置き、そっと撫でた。


「……八曜の神よ。細い支流を流れた敬虔な魂が、あなたの本流に加わりました。

 車沢仁と、車沢晴美をお導きください。八曜の神よ。敬虔けいけんな信徒達があなたの流れの一部になりました。彼らをお導きください」


 晶が祈りを呟くと、これでようやく実峯は大声でなくことを許された。

 

 その少しだけ離れた場所から、小十郎が両腕で『二』の形を作り、晶と同じ文言を唱えた。



 * * * * *



 東屋からは、実峯の泣き声が響いている。その声がきき取れる位置にある長屋の椅子に、綾鶴あやつると光太郎は腰をかけている。


「なあ」


「なんです?」


 泣き崩れる実峯を眺めながら、綾鶴は呟く。


「ずっと祈り続ければ、いつか八曜神の元に行けるのかな」


「……この人はまたそんなことを言って……。 

 晶さまに聞かれたら叩っ斬られますよ?」


「ちげえよ! 俺は……俺はなんというか……哲学的なことを聞いてるんだ」


「てつがく!」


 光太郎が、素っ頓狂な声をあげる。


「柳谷のエリートさんが哲学と来ましたか!」


 話を混ぜかえされて、綾鶴は頭を掻きむしった。


「茶化すなよ! この間の夜草のこともそう。……淀桂で亡くなったのも、晶が慕ってた人物っていうじゃねえか。

 なのにあいつ、涙ひとつ流さねえ。

 ……八曜の神って、そんなすげえ力を持ってる神なのか?」


 しばらく沈黙が続いたが、突然光太郎が「ぶふ!!」と吹き出した。


「な、何がおかしいんだよ!!」


「イヤー、何を真剣に考えてらっしゃるのかと思ったら、そんなことでしたかい。

 あなた本当に柳谷やなぎや?」


「うるせえ! ……そりゃあ晶にも立場はあるだろうけどよ……

 泣いちまった方が楽になるのに、あいつはなんであんな顔ができるんだ?

 信仰って……ああも人を強く……おかしくするもんかね」


 すると光太郎はようやく笑うのをやめて、実峯と晶をじっと眺めた。


「強いんじゃねえんですよ。むしろ弱いんです」


「ああ?」


「信仰なんてのはね、弱い人のためにあるものですから。

 強かったら最初から神頼みなんかするはずないでしょうよ」


 綾鶴等の居るこの距離では何を言っているかはわからないが、晶はおそらく、八曜の経典を繰り返している。


「弱いのが悪いってんじゃない。『人』って字をいっぺん思い浮かべればわかることでしょうや。

 人間ってのはね、何かによっかかってないと倒れちまう動物なんですよ。

 そう考えれば、『信仰』なんて健全で、寄りかかるにはちょうどいいって思いませんか?」


 思わず綾鶴は光太郎を見た。


「……京武士に斬られるぞ」


「あんたがそれを言うかね」


 二人してしばらく晶たちを眺めていると、そこに菊千代が歩いてきた。


「こんばんは。柳谷のエリートさんたち」


 綾鶴は心で舌打ちをした。この男が苦手だ。


「……俺もそれに含まれるんですかい?」


「何やら大変だけれどもね。ちょっと問題提起したいから。動けるもの全員集めてもらえるかい。

 ……あと、あそこで泣かれると邪魔だから、どかしておいてくれ」


 こいつには人の心がねえのか。

 綾鶴は心で吐き捨てた。



 * * * * *


 東屋の囲炉裏を、中荒隅なかあらすみの住民が囲う。


「淀桂を取られたことによって、京側としてまずいのは、守らないとならない都市が増えることだ」


 あぐらをかいて、菊千代が淡々と呟く。


「……京浜大志だろ?」


 誰も何も言わないので、仕方がないから綾鶴が答えた。


「まあ、正解なんだけれどもね。その解答だと六十点だ」


飛騨高雄ひだたかおも、にござるか……」


 晶が重々しく答えた。


「百点。さすがだね」


「飛騨高雄? 荒神を北から攻めるって言いてえのか?」


 いつの間にか晶の前に広げられた大陸地図を眺めながら綾鶴が言う。


「面白い策だけど、まあ落語のネタにしかならない解答かな」


「んじゃなんだよ」


 煽られて、綾鶴の言葉が不機嫌になる。

 大陸図をじっと見ていた晶は、京浜大志の北にある飛騨高雄を指差した。


「ここを……見るにござるよ。飛騨高雄の西側にある山。その反対側に何がある……?」


「……荒神? だからなんだよ。この山を越えるってか!?」

  

「いや、拙者も噂にしか聞いたことはござらねども……実は荒神には首都が戦になった時に、京国東部に要人が抜け出すための隠し通路がある……

 とのことにござる」


「はあ!? ……聞いたことねえよ!!」


 一応、綾鶴の出身は首都荒神で、そこの名家の生まれだ。なのに自分の故郷にそんなものがあるなどと聞いたことはなかった。


「そう。君も知らないことだけれども、僕は知ってる。なんで知ってると思う?」


 一同、黙り込む。


「僕も、晶くんと同じ『噂』で知ったんだ」


「……何が言いてえんだ?」


「実際大陸図面を見ればわかると思うけれど、その通路は多分、あるんだと思うよ?

 僕が荒神の将軍府に勤めてたら作らせる。

 でも、まさか大きな山をひとつくり抜いて抜け道を作るなんて、誰も思わないよね。なのにそんな『噂』が流れる。なぜだと思う?」


「……拙者がその噂を聞いたのは……仙野多摩せんのたま。その時拙者は、リヒト兵の格好をしておった……」


「そうだね。僕もこの噂を聞いたのは、リヒトに占領された後の仙野多摩だ」


 沈黙が、重みを増す。


「おいおいおい……リヒトにはバレてるってことかよ! 俺たちも知らない通路のことが!!」


「まさか……将軍府に間者が?」


 今まで黙っていた小十郎が低く唸る。


「いや……それは無理だね。あとそれができればもっと早く中荒隅と淀桂と京浜大志はリヒトの手に落ちてる」


 晶はしばらく考え……


「飛騨高雄側にリヒトの間者がいると申すか?」


 すると菊千代は欠伸をしてその場に横になった。


「そうなんじゃない?

 まあ、抜け道なんて塞げばいいけどさ。間者なんて放っておいたら、それこそ面倒なことになりかねないね。

 手を打っておくべきじゃない?」


 晶は囲炉裏の火を見つめ、しばらく考えた。


「わかった。獅子身中の虫を取り除く。光太郎、小十郎、ついてきてくれるか」


「承知」「わかった」


 二人の返事を聞き届けると、晶はすでに立ち上がっていた。


「では皆のもの、留守を頼む」


「はーい。適当に街作っとくよー」


 菊千代が眠そうに手を降り、三人を見送った。


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