傘槍川
中荒隅の被害は、夜草を除いて全ての住民が奇跡的に生き残り、
被害もなかった。
……それでも晶にとって、失ったものの大きさは計り知れないのは言うまでもない。
晶も、綾鶴も、村人全員で、リヒト人の遺体を片づけ、ひとまず火葬し、八曜式の供養をすることになった。
晶も、綾鶴も、最初のうちは黙々と作業をしていたが……
綾鶴の方がもう、ダメだった。
ぷいっと、誰も見てないようなどこかに消えてしまう。
* * * * *
「クソが!! クソがクソが!! クソリヒトがよお!!」
転がっているリヒト兵の死体を、綾鶴は蹴り上げる。
そんなことだろうと偶然ついてきていた光太郎が……
「やめなさいな。みっともない」
「ああ!? ……ああみっともなくて悪いか!!
仲間を殺されてんだぞ!!」
「あんただってリヒト人を斬っただろうに。あんたがやっているのは、ただの八つ当たりだ。……晶様を見てみたまえよ。涙一つ流してない」
そう言われて綾鶴は晶をみる。
一番、夜草と付き合いの長いのは晶のはずだ。
「一番泣きたいのは、晶様のはずだよ?」
「…… ……そりゃそうだろうよ!! あいつの立場ってのはそう言う立場だ!!
じゃあ誰が夜草のことを泣いてやれるんだ!? ああ!?
……俺しかいねえだろうがよ!!!」
綾鶴はついに膝をつき、大声で泣き始めた。
「……やめなさいって。泣いたってどうなるわけじゃないよ?」
「ううう……晶は……晶はな……晶は……
親も兄弟も、京武士の人斬りに殺されてる……そして……
『カンプフ・フュア・ディー・フライハイト』で村の仲間全員殺されて……
生き残った幼馴染の夜草も殺されて……うううううう!!
あいつが何をしたってんだ馬鹿野郎が……
あいつの……あいつの愛した人間はみんな殺されちまうんだ……こんなの理不尽すぎるだろうが!!! 夜草……夜草ぁぁ!!」
綾鶴の咆哮が、中荒隅の空に響く。
* * * * *
心を、生ぬるい風が吹いている。
出来ることはあったはずだ。
例えばあの橋頭堡、燃やすこと無くこちらが使う選択肢はなかったか?
淀桂に行く時間があったら、その時間で常備兵を集められなかったか?
全ては加賀美殿の言った通り、南からの攻撃に備えるべきだったのではないのか?
……全部たらればだ。
だが、結局自分の選択が、夜草を死なせてしまった。
……自分を除いて唯一、中荒隅の人間だった夜草を。
昔から知っている、家族当然の友人を。誰よりも中荒隅を愛していた人物を。
晶は、浴衣から小さい貝殻を取り出した。
いつかの晶の誕生日に、夜草が隅扇島から買ってきてくれた小さい宝貝だ。
それは真珠のように白く輝いていて、手の温もりのように暖かかった。
夜草の、笑顔を思い出した……。
自分は今、泣くわけにはいかない。
貝を強く握り締め、晶はリヒト兵の遺体を一箇所に集めた。
そして……夜草もそこに運んだ。
気持ち的には別々に送りたかったが、燃料の余裕がないのだ。
村の皆で、この戦いで命を落とした全ての遺体に、両腕で『二』のポーズを作り、深々とお辞儀をする。
そして……火をつけた。
「……神よ。八曜の神よ。誰よりも信仰に厚い敬虔な信者が、あなたの元に旅立たれました。その御懐にお導きください。八曜の神よ、夜草をお導きください……」
目を閉じて、何度も何度も、その言葉を口にした。
リヒト兵の骨は、リヒトの宗教上で、どうしたらいいのかわからないので土に埋めたが、夜草の骨は細かく砕いて傘槍川に流す。
今から沈んでいく太陽が、水面を赤く照らす。
「いずれ、拙者も同じ所にいく。それまで待っていてくれ。夜草」
傘槍川の静かな水面が、茜空に反射して、キラキラと光っていた。




