凶刃
晶は、敵将の顔を知っていた。
車沢加賀美の著で、京国の全武将に配られた『リヒト戦力図』に記されていた将だ。
ハンナ・エルレンハイマー将軍。確か……本国付きの将軍だったはずだが、いつの間にか西部方面軍に所属になったのだろう。
ハンナは受け止めた晶の剣を振り払う。
後ろに飛ばされた晶は、左右にいたリヒト兵を袈裟斬りと逆袈裟で斬り倒す。
そして、ハンナに対し青眼で構えた。
ハンナの方は、リヒト兵法のお手本のような上段で構えてきた。
京武士の剣の型に、もちろん上段はある。しかし実戦で上段に構えることはほとんどない。
それは外でしか使えぬ構えということと、自分の中心線のほとんどが露わになってしまうからである。
敵将の名前と顔は知っているが、剣の筋などわからぬ。
実際に剣を交えて見ぬことには。
晶はハンナの重心が右足にかかっていることを見抜き、そこを目掛けて突きを繰り出そうとした瞬間である。
ヒュン!
ハンナの長剣が虚空を斬る。
突きを繰り出そうとして瞬時に殺気を感じた晶が後ろに避けたのである。
とんでもない剣圧だ。
上段に構えているのは、よほど自分の剣の速さに自信があるからだ。
そして女性なのにも関わらず長身で腕の長さもある。
間合いに入り込めない……。
(……強い!)
晶は息を整え、距離を置いて再び青眼に構えた。
ジリリ……と敵の間合いに近寄る。
向こうは長剣、こちらは刀。何度も言うが、攻撃範囲はリヒト人が有利である。
それを承知で近づいた。
ハンナの目が変わった。明らかに仕留めにかかってきていた。
ビュン!!
恐ろしく重く、そして速い剣が振り下ろされるが、晶はこれを待っていた。
刃を上にし、手を交差して頭より高い高さで構える。いわゆる、『霞の構え』だ。
カン!! とハンナの振り下ろした刀は晶の剣を滑って振り下ろされる。
これで今度こそ敵の中心線がガラ空きだ。晶はハンナの喉元に刃を突き立てる。
ここでハンナは咄嗟に後ろに飛び、直撃をさけたが尻餅をつく。すかさず晶は追撃し、刀をハンナの首元に当てた。
……勝負あった。
しかしハンナは手元の土を晶にかけ、晶の目が潰れたところで立ち上がり退却する。
……周りの兵もハンナに続き、五百ほどのリヒト兵が南の山に消えていった。
……敵将を仕留め損ったが、なんとか退いてくれた。
* * * * *
「皆のもの無事か!!」
晶が中荒隅中に声をかける。
まずは、光太郎と綾鶴が見つかった。
光太郎は腕に怪我を負っていたが、ひとまずは立っている。
綾鶴は剣を杖にして肩で息をしているが、怪我はなさそうだ。
「へへ。俺たちは、そう簡単にくたばりませんよ」
光太郎の声に晶はうなづく。
大通りで見つけたのは、倒れている小十郎である。
「小十郎!」
晶は駆け寄ると、息はある。
怪我をしているが、意識はある。
「……神に、救われた……」
血は流れているが小十郎は微笑んでいる。
「陽香殿! きてくだされ!!」
晶は医者を呼んで、小十郎を運ばせた。
「夜草? ……夜草!!」
返事がない。
「夜草!!」
あたりを探し回る。見つからない。
「夜草!! よる……」
長屋に、血まみれで倒れている人影を見かけた。
胸に、リヒトの長剣が深々と刺さっている。
「……よる……くさ……?」
晶がゆっくりと、その人影に近づく。
* * * * *
「陽香殿!! 陽香殿!! 来てくだされ!!」
中荒隅に、悲鳴に近い晶の声が響く。
「陽香殿!!」
陽香が、長屋に駆け込んで来るまで、晶は叫び続けた。
「え……」
陽香は、目の前の光景に言葉を失った。
それは……胸を貫かれたその人間は、とてもじゃないが……
「陽香殿!! 助けてくだされ!!」
陽香は、晶を見た。彼の目は、全力で助けを求めていた。
思わず息を振るわせる。そして、目を閉じて、首を振った。
「……え……」
「……すでに、亡くなっております。お諦めください」
晶は立ち尽くした。
この日のリヒト軍の奇襲は、『中荒隅の悲劇』と呼ばれることになる。
そして、大佐野夜草と言う少女が、この戦いで命を落とした。




