帰郷。そして……
晶が数日ぶりに中荒隅に戻った時には、住民たちによって建物が幾棟か建てられていた。
それは、屋根と柱しかないいわゆる東屋の大きいものだったが、木の床が地面から高井場所にあり、
十人そこらだったらここで雑魚寝できる。
それから畑だ。現状、物資と食糧だけは荒神から届けられているのでなんとかなってはいるが、やはり畑がないと村は始まらない。
晶は胸がいっぱいになり、目を閉じて深く息を吸う。
そして大声で叫んだ。
「ただいま戻り申した!」
すると、遠くから誰かがこちらに走り込んでくる。
夜草だった。
走り込んでくるなり、晶に抱きついた。
「ばか!! とても心配したんだよ!!」
鼻を啜って泣いている。
晶は、夜草を抱き返し……
「すまぬことをした……」
「もう……もう勝手にどっかにいっちゃ嫌だよ……
私にとってあんたが……この村での最後の家族なんだからね」
家族……晶にしてみれば、縁のない言葉だと思っていたが、自分の帰りを待っていてくれている人がいる。
勝利より、自由より……人生において、これ以上価値のあることはないのではないかもしれないと、この時晶は思った。
* * * * *
大きな東屋の中心に煙突があり、そこに囲炉裏がある。
火をくべて、数名がそれを囲む。
晶が村を出ていく時は村人は十名ほどだったが、それが明らかに増えている。二十名ほどになっただろうか。
夜通して、カン・コン。カン・コンと家を立てている。
「仙野多摩からはおそらく、兵は攻めては来まい。
その準備はできてはござらん」
「ニーナ・ハーゲンはどうだい?」
菊千代が囲炉裏の風上から胡座をかいて、気だるそうに聞いた。
「うむ……。正直、計りかねる」
「なんだよそれ。なんのために淀桂に行ったのさ。大雨で行けなかったの?」
菊千代が大きくあくびをする。
「いや……ニーナ・ハーゲン城にまでは行けたのにござる。
……兵の増援は無いように見受けられたが……見知らぬ将がいた」
「見知らぬ将?」
実峯が菊千代の隣から食いついてきた。
「加賀美師匠の記した、『リヒト戦力図』にない将ですか?」
「あんな将の事は記してござらんかった。……恐ろしい使い手にござった。そして……おそらく京からの亡命者にござる」
その場の空気が重たくなる。
「八曜の教えに叛いたのですか……信じられません……」
医師の陽香が両腕で『二』の字を作り、お辞儀をする。
するとぼんやりと炎を見つめている綾鶴が……
「まあ、どこにでも似たようなのがいるって事だな」
と、明らかに小十郎を毒づいた。
「ともかく、南からの橋頭堡もない今、村を広げるなら今が絶好の機会にござる。菊千代殿には引き続き……」
その瞬間である。
「敵襲!! 敵襲ーーー!!!」
* * * * *
晶たちは、東家から飛び出す。敵は……南から来ている!
つまりまた『地獄の壁』を越えてきたのだ! 橋頭堡もなく!!
奇襲とは、読めなかった……
晶は奥歯をギリリと食いしばる。
「敵の数は五百! 各個撃破しつつ指揮官を見つける!
綾鶴、光太郎は避難の誘導を援護せよ!
拙者と小十郎、夜草で敵を迎撃いたす!
菊千代殿、実峯殿、陽香殿は住民を麓まで避難させよ!!」
リヒト兵は、火を用いなかった。これは晶たちが作ってきた村をそのまま拠点として利用するためだろう。
その代わりリヒト五百の兵は、晶たち人間を狙ってきた。
前回から兵数を半分に減らしたのも、火を用いないのも『今の』中荒隅で戦える京武士は十人もいないと知っているからだろう。
五百でも多いくらいだ。
後方には補給部隊が控えているのかもしれない。
* * * * *
「ヤ!!」
兵どもの叫び声が響き渡る、夜の中荒隅。
綾鶴が目の前のリヒト兵を突き殺した。
……手が、震えている。
首都、荒神にて、名家の『綾名』をもらったからには、八曜のため国のため奮闘するつもりでいた。
配属先は、激戦区となる仙野多摩や、淀桂を希望していた。中荒隅に決まってからは、腐っていた。
しかし、実際に五百の兵を相手にしなければならない現状に、震える手を抑えながら、敵を睨んで強者のふりをする。
そんな自分が情けなかった。
晶は多人数相手の勝負は慣れているのかもしれないが、柳谷の剣術にそんな『型』はないのだ。
背後から悲鳴が聞こえて、ヒ! と振り返ると、光太郎が自分の真後ろにいたリヒト兵を斬った声だった。
「ボケッとしなさんな! 柳谷のエリートさん!!」
「……ぐ……ぬかせ!!」
綾鶴は、震える足を思い切りつねった。
* * * * *
震えているのは、夜草も一緒だった。
もう、故郷を奪われてたまるものかという気持ちに、どうしても体が追いついていかない。
目の前で敵を斬りまくっている晶の背中で、なんとか戦えている状況だった。
……情けない!! こんな外道どもに二度も中荒隅の地を踏ませた事が情けない!!
思わず目を伏せた瞬間だった。
「オオオオ!!」
いつの間にか目の前に、長剣を上段から振り下ろそうとしているリヒト兵がいた。
(斬られる!!)
と、夜草が感じた瞬間である。
リヒト兵の真横から京武士が体当たりをし、突き殺す。
……小十郎だった。
「……いつかの借りは返したからな」
「……ありがと」
夜草は小十郎に礼を言って奥歯を噛み締めて、山から攻め込んでくるリヒト兵に相対した。
* * * * *
斬る。
相手が構える前に突き、隣にいる兵には胴抜き。その奥にいるのも突く。
とにかく斬りながら辺りを見回し、近寄ってきたリヒト兵は斬る。
どこだ。指揮官はどこにいる。
今回は、無策もいいところだ。
『地獄の壁』を乗り越えての奇襲……二度も同じ策にかかるとは……拙者としたことが……!!
なんと無様な戦いだろう。
今までのは、策があればからこその少数兵法。此度の戦は完全に悪あがきの防戦である。
加賀美殿のいう通り、自分は数回、策を成功させて天狗になっていたに違いない。そうに違いない。
それが何たる様だ。中荒隅は、自分が守るのではなかったのか……
横に並んだリヒト人の上段斬りを同時に刀の腹で受け、弾き飛ばして二人とも横一文字に斬り払う。
普段の晶ではない鬼の形相で敵を睨み、ウッ! と怯んだ隙に袈裟斬り。
その奥のを突いて……
ようやく村の入り口で腕を組んで全体を見回しているリヒト兵を見つけた。
なんと女性の将だ。
(……八曜の神、我に力を……!!)
「お覚悟!!」
ギィィン!!
晶は高速の面を放ったが、リヒトの女武将はそれを受け止める。
相手が女だろうがなんだろうが、武器を持っていればそれは敵である。迷いはない。
敵も敵で、晶を前に一歩も怯まなかった。
中荒隅をかけた戦いが、始まっていた。




