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晶の砦攻め 下

 加賀美かがみ実峯じつみねの言った通りだ。

『地獄の壁』の途中に、リヒト軍の基地があった。

 それは外観に溶け込むようでそれでいて、しっかりと作り込まれており、砦と呼んでもよさそうな大きさをしていた。

 

 この短期間で、ここまでの砦を作ったというのか……

 振り返れば、確かに中荒隅なかあらすみを一望できる位置にあった。

 

 駐屯している兵は、千人ほど。それがあらゆる方向に行き来している。

 

 夜の山は風が強く、冷たい空っ風が吹雪いている。

 高い草に隠れている晶、光太郎、小十郎が寒さのあまり身を屈めている。


「実際にこの人数を目にしてからいうのもなんだけれども……最悪だねえ。

 それにみんな目が怖いよ?」


 誰も見ていないのに、光太郎はリヒト人の顔を真似ておどけてみせる。

 三人とも、息が白い。


「で……どうするんだ。俺が忍び込んで大将首を掻っ切ってこようか?」


「いや、……此度の戦は、ここの制圧ではざらん。

 機能を停止させねばならぬ」


 寒さのあまり光太郎は奥歯をガチガチと鳴らす。


「話を聞こうじゃないの……」


「今、別働隊が策の準備に取り掛かっておる。

 拙者たち三人で、策が成るまで敵の目を惹きつけもうす」


 ぶふ。と思わず光太郎が吹き出す。


「正気かね……この人数だよ!?」


「うむ。流石に此度の戦は油断をすれば危ない。こちらの人数が多ければ多いほど優位にござる。

 されど、不可能ではない」


 風が吹いて、光太郎はまた奥歯をガチガチと言わせる。


「話を聞こうじゃないの……」


「うむ。まずは、狙うのは人間ではなく、この建物ということにござる。

 わざわざあの砦に入る必要もござらん。

 数秒間、生き残ればそれでよし。敵を殺す必要もござらん」


「簡単に言うねえ……」


「……勝算は?」


 小十郎の声も低く成る。


「勝つための算段ならしてある。心配無用にござる。

 ……我が源流たる八曜の神よ。神の聖域にて殺生を行うことを許したまえ。

 我はあなたの下流。あなたの流れの元であなたの助けを求めまする。

 我に……八曜の力を与えたまえ!!」


 そう言って、晶は暗闇に飛び出した。


 * * * * *


 蜂の巣を突く大騒ぎであった。

 突然、なんの前触れもなく現れた京武士が、リヒト兵に対してわざわざ目立つように袈裟斬り。

 血がパっと広がり、呆気に取られている隣の兵に胴抜き。そのまま走り込んで三人目に多段突きを食らわせる。

 

「アングリフ!! アングリーフ!!」


 リヒト兵の野太い叫び声がそこら中に響く。

 光太郎と小十郎も、後に続く。


 斬っては山路の森に消え、また別の場所で誰かが斬られる。

 その正体は鎌鼬かまいたちなのかもののけか。

 

 後に武神と恐れられる晶は、夜襲をとにかく好んだ。

 元々視力が良いのもあったのだろう。

 誰よりも夜目が効いた。


 敵からしてみれば数では圧倒的に優位なはずなのに、イザ対面すればどう言うわけだかこの小さな京武士と有利に戦わせてもらえない。

 意味のわからぬまま闇に引き摺り込まれ、斬られていった。


 小十郎も奮闘した。

 彼の剣技は、晶や光太郎に比べると見劣りしてしまう。

 外見のせいで、道場に通わせてもらえなかった。その分、家の周りにある木が枯れるまで木剣で突いた。京武士の見よう見真似で引っ叩いた。

 毎日、八曜の神に祈り、リヒト人を斬り倒す力を望んだ。

 初めて刀を手にしたのは、行き倒れの京武士から盗んだものだった。

 その時初めて、鉄の重さを知った。

 小十郎は、刀の手入れの仕方も知らなかった。

 全部晶から教わった。こんなナリで声をかけてくれる人間など、中荒隅では晶しかいなかった。


 言わば戦を知らないその身でも、晶についていけば絶対に八曜の加護がある。そう盲信してリヒト人と相対した。

 信仰の力のみで、自分よりも練度の高いリヒト人を斬った。


 しかし、気持ちに体がついていかない。

 リヒト兵と鍔迫り合いとなり、体がよろめく。


 そこに相手は長剣を上段に振りかぶる。


 ――ここまでか……

 せめて最後まで敵を睨みつけようと身開いた目に映ったのは、彼方より飛んできた小刀。

 敵のこめかみに刺さり動きを止めたところの、喉を突いてことなきを得た。


 振り返ると、そこには別行動のはずの夜草よるくさが立っていた。


 ……自分を救ってくれた?


「ぼさっとしてんじゃないわよ! 死ぬわよ!?」


 は、と我に返り、暗い森の中に姿をかくす。


 空っ風が強く吹いた頃だった。リヒト人が何やら騒ぎ出すと、城から煙が上がっている。


 そして風が吹くたびに、赤々とした炎が燃え上がり、それは煙や音を伴い大きさを増していく。

 

 

 これが策だった。

 晶には、この時期この時間、この向きの風が吹くことを知っていた。

 それは湿度のない、乾燥した空気だ。

 天候が不安定な西部でも、雨が少ない時期が周期的にやってくる。そして雨の降らない山中は空気が含む水蒸気が少ないのだ。

 ものを燃やすのに非常に適した環境である。


 風上から実峯が千萱ちがやを燃やし、砦に引火させたのである。

 

 砦が燃え落ちる頃には、数百人の兵はリヒト領に引き返していった。


 焼け落ちる砦に、晶は両腕で漢数字の『二』の文字を作り、「神よ許したまえ」と深々とお辞儀をした。

 夜草、小十郎も同じことをした。

 

 このようにして、たった五人でこの策を成立させたこの事件は、

『晶の砦責め』と呼ばれ、後世まで名を残したという。


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