晶の砦攻め 上
やってきた男たちは、占領された仙野多摩の農民だったらしく復興に力を貸してくれた。
菊千代が指示を出し、家が建てられていく。
何せこの村には、未だ燃え滓しか残っていないのだ。
もちろん、燃え滓の村においては上下関係などない。
晶や綾鶴も肉体労働に勤しむ。
食糧や武具は、本国から山の麓までは届けられる。
しかし京本国は、頑なに兵士だけは送ろうとはしなかった。
もしかしたらすでに京国は、本土決戦に備えているのかもしれない。
加賀美から手紙が届いたのは、そのような時であった。
「拝啓。中荒隅は竹中晶殿。
諸君らの無事を聞いて、安心している。
荒神に私からも直々に、『中荒隅未だ沈黙しておらず、本国からの援護を要求する』と何度も陳情しているのだが、
どうも将軍府の連中は、初めてのリヒトからの侵略に及び腰のようだ。
不甲斐ない上司で君に申し訳が立たない。
しかし忘れないでほしい。中荒隅を見捨てない人間は京に残っている事を。
我々は、同じ川の流れに生まれた京の人間である。そして同じ京武士の血が通っている。
そのような、中荒隅の偉大な守人に対して、家族当然に思っている人間がここにいる事を覚えていてほしい。
サテ、中荒隅を諦めていないのは、リヒトも同じであるという噂がそろそろそちらにも届いた頃だろう。
しかし冷静になってほしい。
敵は、仙野多摩からはまだ兵を動かさないはずだからである。
それは敵の戦略は明らかに大陸西側からの強襲で、短期決戦で講和に持ち込むことが、例の『カンプフ・フュア・ディー・フライハイト』で分かった事実だからだ。
今仙野多摩から兵を動かせば、黒堀、飛騨高雄、京浜大志、実に京国三都市から京武士が出陣し、仙野多摩は奪還される。敵はそれを分かっている。
従って、中央からの進軍はない。南からの進軍を警戒するべきだ。本命は、ハイデ・アルエルクからの山脈越えだろう。
前回よりも周到に準備をしてくる可能性もある。私が敵なら……前哨基地を用意し、ジリジリと中荒隅攻めに向けて準備をするはずだ。
私もそちらに馳せ参じたいが、思いのほか第三皇子がしぶとい。
どうやら骨のある軍師が敵にもいるようで、こちらは退屈せずにやっている。
再び君と会える日を待ち侘びて。車沢加賀美」
晶は加賀美からの手紙を読み終えると、感嘆のため息をつき、手紙を大事に懐に閉まった。
そして小声で「ありがとう存じます」と、東の方向に向けて頭を下げた。
「師匠はなんと?」
実峯が晶に声をかける。
「ウム……。リヒトはどうやら再び、あの『地獄の壁』を越えてくるようにござる」
「そうですか。確かに敵には一度実績がある。
さらに準備を進めて、橋頭堡を建築しながら進んでくるやもしれませんね……」
「加賀美様も同じことをおっしゃっていた」
晶は南に聳える巨大な山。『地獄の壁』を睨む。
「……何者であろうか。ハイデ・アルエルクの将は」
「リヒトの第二皇子、ラムシュタイン・ジークベルグにございます。
性格は冷酷にして合理主義。勝ちにこだわる姿勢は執拗で手段も選ばない人物との評です」
晶は、目を閉じて『カンプフ・フュア・ディー・フライハイト』のあの景色を思い出した。
あの戦いに……ラムシュタインは参加していなかった。
「恐怖と暴力で兵を従わせる将にござるか……」
「ええ。そこにカリスマ性が加わっているのです。敵手としては厄介な相手かもしれません」
* * * * *
「おい! おい!!」
「なんですかい。しつこいですぜあんたも」
ざっと二十人が住める長屋を建築している最中、綾鶴は光太郎に声をかけていた。
「思い出したぞ……お前、『綾吉』だな?」
「……人違いっつってんでしょうがよ」
「いいや!! 俺はな……『御前試合』でも自分の事を斬った相手の名前とツラは覚えてるんだよ!!」
光太郎は深くため息をついた。
「なんで『綾名』を名乗らない。貴様何を考えている?」
「そんなのは……」
光太郎は綾鶴に向けて、心底呆れた声で吐き捨てる。
「俺の勝手でしょうよ。俺はもう、柳谷の威光なんてうんざりなんですわ。
綾鶴さんあんた……」
失礼と分かっていながら、綾鶴に指を差す。
「あんた自分が倒壊した中荒隅を守っていることに納得いってないんじゃないんですか? だからそうやって全員に噛み付くんだ」
「な……!?」
「まあ俺もそう思いますよ。柳谷のエリートが、こんな場所にいるべきじゃないってね。どうです? 晶様に頼んで、荒神の防衛に戻りたいとでも頼んでみたら」
「貴様……」
一触即発の空気に、晶が割って入る。
「そこの二人も聞いてくれぬか」
すでに後ろには、小十郎と実峯がついてきていた。
綾鶴は、バツが悪そうにそっぽをむく。
晶はその場で地面に地図を広げた。中荒隅近辺の山脈地図である。
「初戦でリヒトは、ここから中荒隅に攻めてきた」
晶は地図を指でなぞる。
「知っての通り、『地獄の壁』の踏破は容易ではない。
そうそう違う場所から攻め込めるとは思えぬ。敵もそう考える。ならどうするか?」
光太郎は綾鶴のことなど無視し、地図を覗き込む。
「そうですなあ俺なら……もっと登りやすく道を整備しますかなあ」
「その通りにござる」
実峯は、山脈図の割と開けた地形を指でなぞった。
「ここなら、兵が休息をとるのに丁度よく、何より中荒隅の状態が観察できる。
敵が橋頭堡を作るならここかと」
「なるほど。しかし、どうですかなあ。敵は今度も千とは限りませんぜ?
二千ほどの兵がここを守っていたらどうします?」
すると、晶は光太郎に微笑ってみせた。
「心配ござらん。
拙者とお主、それから小十郎。今回は実峯殿と、夜草の五人で見事、この砦を落としてみせるにござる」
「二千に対し五人ですか」
光太郎は大声で笑ってしまった。
「無謀と思うにござるか?」
「いいえ。あなたらしいと思ったんですよ」




