最占領
晶が菊千代を伴い、無事に西部中荒隅に戻ってきた時には、東部戦線の噂が届いていた。
「なんと!? 加賀美殿の軍勢を数百の兵が打ち負かしたと!?」
普段は落ち着いている晶も、この時は動揺したという。
「それで……加賀美殿は無事でござるか……」
「ええ。淀桂まで無事逃げ延びたと聞いてます。
リヒトからの追撃はなく、現在は膠着状態です」
実峯が答えると、新参の菊千代が顎に指を添えてポツリと言葉を吐く。
「三人で千人を追い出すこともあれば、数百で軍神の兵を退けることもあるってことだね。
……淀桂がこのままリヒトの手に落ちれば、仙野多摩の軍勢は迷うことなく首都への入り口、
京浜大志に攻め込むだろう。……そうなってくれたらこちらは少しは楽なんだけどねえ」
綾鶴は、この新参者の意見を訝しぶ。
「その心は?」
「リヒトはなんで無茶な作戦を立ててここ、中荒隅の進軍にこだわったか?」
新参者は質問に質問で返す。綾鶴は頭を掻いて困ってしまうが、実峯と晶はじっと一点を見つめていた。
「……短期決戦にござるか」
「だろうね。ここを足がかりにして、隅扇島と仙神堀を制圧する。
そうすれば講和に持ち込めるってのがリヒトの腹さ。
そして中荒隅に攻め込むなら、兵糧は現地調達になる。だから、
ここが拠点として機能せず、淀隅で敵が足止めを受けている今の状態が、京にとっては理想的な状況なんだよね」
「理想なもんかよ。こっちは都市一個獲られて、燃やされてんだぞ」
「戦況の話をしてるんだよ。柳谷のエリートくん」
新参者に煽られて、綾鶴はカチンときたのか思わず菊千代を睨む。
「まあ、これで八人もこの何もない地に集まったのでござる。
……帰りがけに茶を購入してまいりもうした。
まずはここで八人、茶でも組み交わし、中荒隅の再興を誓おうではござらんか」
晶が一人で茶器を用意し、茶葉を入れ、井戸の水を入れていく。
水出しのお茶を、八人分用意する。
「……そこのリヒト野郎ともか?」
綾鶴は、小十郎に毒突く。
「……俺は、席を外そうか?」
小十郎は悲しそうに立ちあがろうとする。
「綾鶴! 小十郎殿は京の民にござる」
「それはその人が勝手に言ってるだけでしょう。私も信頼できない」
綾鶴と夜草は、未だに小十郎に対する複雑な霧は晴れていないようだった。
「やれやれここにも、凝り固まった京国至上主義がいたもんだね」
菊千代は呆れ返って吐き捨てる。
「……お前知ってるぜ。家の事とか全部弟に押し付けて仙野多摩で遊んで暮らしてたって?」
「綾鶴!」
「まあまあ、ここは晶どのの顔を立てましょうや」
仲裁に割って入ったのは光太郎だ。
「……俺はお前のことも信頼してねえぞ。光太郎ってのは偽名だろ。
お前も何か後ろめたいことあるんじゃないのか」
廃墟を背に、決起会のつもりが、考えが一向にまとまらない。
後に、『復興八将』なんて呼ばれるこの八人の始まりは、こんなものだった。
ギスギスする八人の輪。そこに割って入ってきたのは……
「ほ……ほんとに人がいた!! ここは中荒隅かい!?」
数名の男性だった。
「……いかにも、ここが中荒隅だが、お主たちは?」
よほど、急いで山を駆け上がってきたのだろう。息を切らせてその場に倒れ込んでしまった。
夜草が自分が飲むはずだったお茶を、倒れた男に差し出す。
「す……すまねえ。あんたらに……伝えねえとならねえことがあって……」
綾鶴と晶が十名ほどの男女に近づく。
「お……俺たちは、仙野多摩から逃げてきて……京浜大志で暮らしながら、敵の情報を集めてるもんだ」
「おう。それで、俺らになんのようだ」
すると男は、気管に入ったお茶に咳き込んで、胸を抑えてからこんなことを言った。
「仙野多摩方面から、リヒトがこの地を再占領しようって話があるんだ。
数は数千。それを伝えておきたくて!」




