表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/22

菊千代

 京国仙野多摩きょうこくせんのたまは大陸の北東部、中央を陣取る巨大山脈の麓にある。

 少し西に向かえば、京国首都の入口、京浜大志けいひんたいしだ。


 仙野多摩は人口が多く北東部の首都なんて呼ばれている。

 娯楽らしい娯楽のない京国の割に、寄席よせ浪曲ろうきょく、講談が盛んで、一日中噺家や講談師がどこかしらで座っている。

 

 京国中の暇人が、寄席を楽しむ街だなんて呼ばれるが、柳谷菊千代やなぎやきくちよはそんな生き方に憧れていた。


 菊千代は、京国が好きではない。

 かと言ってリヒトに亡命なんて考えるわけでもないのだが。

 侍だかなんだかが偉そうにしていて、みんなして侍の機嫌を取ろうとするこの国が、はっきり言って嫌いだったし、

自分も侍になんてなりたくなかった。だから柳家でも『綾名あやな』を辞退して、京の暇人になり、仙野多摩にやってきたのだ。

 

 それが今は、あっさりリヒト人に捕らわれて獄中にいる。

 暇でやることもないので、暗闇の中で浪曲の一節を思い出しているところだ。


 物語はいい。菊千代は、人の考える物語が好きだった。

 物語の上では、どんな突飛なことでも成立する。

 

 なのに京国の人間ときたら、ヤレ加賀美だのなんだの考えた軍略を美徳とし、 

その独創性よりも理屈を重視したがる。


 ……そういえば、数年前に行われた『軍略試験』

 つまらない試験だったが、あの時二位をとった侍も、突飛な奴だった……。



 * * * * *


「ねえ、流石に五千相手に三人は無謀なんじゃない?」


 試験会場にて優勝した菊千代は、二位をとった侍に声をかけた。

 普段はこんなことはまずしない。だけれど相手は、よく見る苗字ではなかったのと、その無茶苦茶な作戦に興味を持ったのだ。


 自分と同い年、いや、少し下か?

 幼い侍は、話しかけると爽やかな笑顔を返した。


「問題文を読めば、この作戦は数など要らぬことなどわかり申す」


 妙に京訛りの強い奴だった。

 西部のやつだなこいつ。

 

「まずは、大前提。出題文は京国の地で、敵に占領されている状況にござる。

 そして課題はこの地の奪還で、完全制圧ではない。

 つまり、地形はこちらの頭に入っているのが前提にござる」


「……だからって、三人で奪還できるの?」


「三人だから可能なのにござるよ。完全制圧なら話は別でござった。

 兵站へいたんまで計算し、日数をかけなければならぬ。

 しかし『奪還』なら……煩わしく不確実な行軍をせずに済むのにござる」


「……三人の作戦が確実なの?」


「兵站はむずかしゅうござる。兵数が決まっていれば兵糧の数はこう、とまるで足し算のように皆は言う。

 しかし現実ではこれが難しい。例えば兵の中に病人がいたら? 大雨で進軍路が氾濫していたら?

 敵が要らぬ知恵を働かし、路面を瓦礫で塞いだら?

 わずかな誤算が要らぬ犠牲を出しかねぬ。されど三人であれば……兵站の悩みが一つ減るのにござる」


 割と理屈っぽい侍だなあ。と菊千代は思った。


「この問題であれば、先ほど申した通り地形は頭に入っている。

 敵陣がどこで、兵糧庫はどこ。場所は限られておる。

 ならば二人で敵人の大将の元まで忍び込み、一人は兵糧庫を焼く。

 この策がなれば、あとは味方の本隊が来るまで町中逃げ回れば良い。

 三人だからできる作戦にござるよ」


 変なやつだなあ。と、相手の若い侍をなんとなく覚えた。


 * * * * *


『縁は引き寄せる』のような言葉が、八曜の教典には書かれていた気がする。

 ようは、考えていた相手がその場に現れるとのことだ。


「菊千代殿、菊千代殿」


 暗闇から小声で響いたその声に、菊千代は覚えがあった。

 

 そいつは牢の鍵をガチャリと開けた。

 そして、隣の男に鍵を渡し、隣の房、その隣の房の鍵を開けていく。

 

「無事にござるか」


「……君は……確か竹中の……?」


「左様。竹中晶にござる。

 ここに菊千代殿が幽閉されてると聞き及び、助けに参った」


 菊千代はふと、考えてこんなことを聞いた。


「何人で来たの?」


 すると晶はフフと微笑って……


「三人にござる」


* * * * *


 仙野多摩の牢獄では、脱走者が大量に現れて混乱の最中にあった。

 そこを四人で抜け出し、郊外まで逃げ込んできたところだ。


「確か……最近仙野多摩に配備されたリヒト兵の数は五千。

 相変わらず狂ってるね。君の考えることは」


「そうではござらんよ。元々ここは京国の都市。なれば街の地図も、牢獄の設計図も容易に手に入るのにござる。

 あとは……リヒト人のふりをして鍵を手に入れられる者さえ居れば、忍び込むことなど簡単な事にござる」


 四人のうち一人は、リヒト人の顔をしていた。


「……初めて、自分の顔面に感謝したよ」


 リヒト人の顔をした男は、流暢な京言葉を話す。おそらく混血だろう。

  

「……で? 僕なんか助けてどうするんだい? 言っとくけど僕は、京国の役になんか立ちたいとは思わないからね」


「京国のためではござらん……といえば嘘になるが、拙者の志は別のところにある」


 相変わらず、つかみどころのない変な侍だ。と菊千代は思った。


「拙者の故郷、中荒隅は焼け落ち申した。民から街まで、何もかもが灰になり申した」


「だろうねえ」


 菊千代は、さして興味もなさそうに返した。


「拙者は、中荒隅を復興させたい。

 いや……一から村を蘇らせたいのにござる。そのために菊千代殿、あなたの力が必要なのにござる」


 晶は、地面に膝をつき、頭を深々と下げた。


「菊千代殿の、斬新な都市構想は存じて申しまする。

 何卒、何卒新しい中荒隅に命を吹き込んでくだされ」


 菊千代はあっけに取られてしまった。

 こいつ……本当に侍か? 膝をついて、平気で頭を下げるなんて……。


「……僕は、荒神あらかみ仙神堀せんじんぼりや、隅扇島すみおうぎしまみたいな都市は作らないよ」


「存じております! これまでの京国の常識を、塗り替えるような都市を、作ってほしいのにございます!」


 晶がそこまで言うと、菊千代はぼんやり空を仰いだ。

 とりあえず、退屈はしなくて済みそうだ。


「わかったよ。せいぜい微力を尽くそうか。未だない、都市のために」


 このようにして、晶は京国の頭脳と評された一人、菊千代を仲間に引き入れたのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ