第95話 閑静のピアノ
何も知らされないままテレポートで辿り着いたその場所はのとある場所のテントの中だった。
「ここは?」
「ここはシーパ村だよ、今日会わせたい人はシーパ村のとある場所にいる……着いてきて」
そういうとティグリスはテントを掻い潜り外へと出ていく。すると不意にユラは思った。ここのテントはティグリスの拠点だろうかと。不思議に思ったユラは歩きながらティグリスに質問をする。
「ここにもテントが張られているんですね」
「ん?ああここのは出張でマジックショーする時に使っているテントさ……場所がモナから離れているから移動の時にもよく使ってる」
なるほど。どおりで人が使っている形跡があるのだなとユラが1人感心しているとティグリスが深々とシルクハットを被り直しながらこう話す。
「今日会いに行く人達は少々難のある方々でね……普通に訪問すると追い返される可能性が高いんだ」
「そうなんですか!?」
「……まあ僕達が悪いんだけどね」
ティグリスがそう言うとシルクハットを深々と被ったまま俯きだす。あのティグリスがここまで落ち込む相手。一体どんな人物だろう。と思いを寄せるとティグリス達はある家へと辿り着いた。
「さて、着いた……ここがハイムさんの家だ」
辿り着いたのは大きな一軒家。見たところ他の家と何も変わらない何の変哲もない家だった。唯一特徴的なのは赤い屋根であるという事だけ。ここにどんな人物が住むのか。緊張しながらティグリスがロックするのを待つと辺りがシーンと静まり返った。
「もしもしすみません、ハイムさんのお宅で宜しいですか?詳しいお話を聞きたいのですが」
ティグリスは国の役人らしくドアの前で定型文を述べる。するとさっきまで開かなかったドアがゆっくりと開かれた。そして扉の番人が何を言い出すかと思えば罵倒で思ってもみない事を告げられる。
「国の番犬が何の用だい!とっとと出ていきな!顔も見たくない!」
その時バタンッとドアの閉鎖音が大きく響き渡った。どうやら相手の気を損ねてしまったらしい。
◆ ◇ ◇
その後近くにあったベンチに座り込むとユラはティグリスに事情を聞き込む。一体何があってこうなったのやら。何も知らないユラはティグリスに対し困惑した顔で話を聞く。
「こりゃ参った……やはりダメだったか……」
「やっぱりサプライズ訪問がいけなかったのでは……」
「いや、そうじゃないんだ……昔国の番犬がハイムさん達に無礼をはたらいたらしくてね……」
それからというものああいった態度で話を聞いてくれなくなったという話をティグリスはユラに対し話した。では何故今回そんな場所に呼ばれたのか。気になって聞いてみるとどうやらまたもや利用されたらしい。
「いや……同じ適合者同士なら少しは心を許してくれるかなと思って……」
「……ようするに利用されたって事ですか」
「まあそうなるね……」
「全く仕方がないですね」
ユラがよいしょと立ち上がるとその場から離れようとした。ティグリスの言う事は確かに理にかなっている。ならばとユラが思うとティグリスがどこに行くのかと聞き出した。
「どこに行くんだい?」
「どこって決まってるじゃないですか!……またあの家に行くんですよ」
「正気かい?さっき追い出されたばかりじゃないか!」
「ティグリスさん言ってたじゃないですか、同じ適合者同士なら話が合うかもって」
「そうだけど……」
「それに私自身も興味があります」
「………………分かったよ、気をつけて行ってくるんだね」
「……はい!」
そう言うとその場から離れ再びハイムさんの家に行くユラ。今度こそと意気込むと庭の辺りに人影を発見する。誰だろうか。とユラが思うとそこには先程の老婆がいて。恐る恐る近づくとユラは思い切って話しかけてみた。
「あの!こんにちは!」
「……誰だと思ったらまたあんたかい!顔も見たくないって言っただろう!」
「ま、待ってください!私は国の番犬ではありません!」
「……あたしの誤解だって言うのかい?」
老婆がそう話すとキョトンとした顔でこちらを伺う。一応話は聞いてくれそうだ。そう思ったユラは自身が同じ適合者である事を明かす。
「私実は適合者なんです!」
そう言うとユラは自身の魔法を解き本来の雑草の姿を見せる。するとハイムさんは驚いた顔でこちらを見下げる。それはそうだ。初対面でこの姿を見せつけられたのだ。驚かない訳がないだろう。
「……お前さん一体何者なんじゃ!?」
「私はユラ、この姿で魔法使いをやってます」
ユラがそう自己紹介をするとまたもや人間の姿に戻りだす。初対面の人に魔法を見せてよかったのだろうかと一瞬戸惑うがこうでもしないと信じてもらえない気がして。ユラは信用を得る為に一生懸命向き合おうとする。
「……どうやら適合者である事は本当のようじゃな」
「信じてくれるんですか!?」
「ああ……さすがにあの姿を見せられたら信用せざるを得ん」
「もし良ければなんですが……教えてもらえますか?適合者になったキッカケを……」
「……適合者になったのはワシではない……夫の方じゃ」
そう言うとハイムさんはポツリと話し出す。どうやら適合者というのは老婆である彼女の事ではないらしい。すると彼女はほんの少しだけ気を許したのか、コソコソと庭の手入れをしながら話し始めた。
「わしはスワイ・ハイム、ここで静かに暮らしておる……夫とは長い付き合いでの……よく彼の好きなピアノを弾かせては聞きに来とったもんじゃ」
「ピアノですか?」
「ああ、夫はピアノを弾くのが上手くての……適合者になる前からずっと弾いておった……じゃが……」
ある日の出来事。たまたまもらったリンカの実の中にマルスの実が紛れ込んでいたとの事。その頃から全てが変わってしまった事。ポツリとだが神妙な顔つきで全てを話してくれた。どうやらそれがきっかけとなったようで。国の番犬と言い合いになり今の関係に至ったという事のようだった。
「彼等……とても夫にしつこく迫ってきてのう、マルスの実を食べた事で難聴になって心を病んでる時期にも話を聞かせろと何度も何度も尋ねてきとったわい……」
「……難聴……ですか」
「ああ……お陰で大好きだったピアノも弾かなくなって今では引きこもった生活をしておる」
「……それで追い返したんですね」
どおりでとユラはひっそり思った。マルスのせいで耳が聞こえなくなったとはなんて悲しい運命だろうと。ユラは老婆の話を聞きしみじみとした。
「あの!よければなんですが、会わせてもらえないでしょうか……その旦那様に」
ユラが必死の顔で頼み込むと老婆は悩み出す。それはそうだ。なんせさっきまで初対面。それに加え国の番犬のお供として来た者だ。簡単に頷いてはくれないだろう。そう思っていたが何を思ったのか。老婆はコクリと頷き家の中にいる夫に会わせようとする。
「分かった、夫は家の中だ……挨拶と言っても声は聞こえんからくれぐれも粗相のないようにな」
そう言うとユラを家の中に入れ夫である彼に会わせようとする。相手は一体どんな人か。気になったユラは丁度家の隅に佇んでいた老人に声をかけた。
「あ、あの……こんにちは!」
すると近くにいた老婆が老人の肩を叩き紙を取り出して何かを書いていく。そこにはお客様だというメモ書きが書かれておりそれを夫である彼に見せつけた。そう彼は難聴。だから日々このコミュニケーション方法で話をしているのかと。ユラはお辞儀をしながら思った。ならばこちらも考えなければならない。そう思うと老人に向かい何かを念じ始める。そう最初ユリウスに会った頃。ユラはテレパシーを使っての会話ができていた。それを今ここでお披露目すれば。いい感じに会話ができるのではないかとユラは考えたのだ。
(こんにちは!はじめまして)
するとこちらの言葉が伝わったのか。そこにはビクリと肩を動かし驚いた表情で佇む老人の姿があった。
(なんじゃ!どこから声が!?)
咄嗟にテレパシーを使うとどこからか老人の声が聞こえる。どうやら彼の心の声を受信する事に成功したらしい。
(私はユラ、今あなたの目の前にいる者です)
(……お主は一体何者なんじゃ?)
老人がそう話すとユラは1つ1つ順を追って説明していく。すると彼はやや伏せ目になりながらも話を聞いてくれた。自身がマルス適合者である事。そして雑草の姿として身を隠して生活している事。その全てを話すと老人である彼は再び語り出した。
(そうか……ワシも適合者になった後は色々苦労してのう……今じゃこの有様じゃ……)
(そうですか……)
ここで起きた苦労話。ポツリとだが多くの事を話してくれた。難聴になって気が落ちていた事。大好きなピアノを処分しようか悩んだ事。テレパシー越しでの会話だったが些細な悩みまでユラに打ち解けてくれた。
(大変だったんですね……)
(久々の会話についいらん話までしてしまった……退屈じゃろう?)
(いえ、全く!むしろもっと聞きたくなりました……昔の話もピアノの事も)
ユラがそう話すとある事を提案する。そうだ。魔法で音を伝えればピアノが弾けるようになるのではないかと。その事を老人に伝えると彼は一瞬ハッとしたような顔になりながらも困惑した面持ちで俯く。
(そんな事が……できるとでも言うのか?)
(はい、私は魔法使いなので)
(……いいのだろうか、こんな状態の老人がまたピアノに向かっても……)
とても憂いに満ちた瞳だった。涙がこぼれてしまいそうなそんな思い。ユラがそれを見つめるとそっと心を汲むように手を差し伸べる。
(……大丈夫、また弾いてもいいんですよ)
そうテレパシーで伝えると老人の手を取りピアノのある場所まで案内する。
「ちょっと、どこに行く気だい?」
先程まで不思議そうな顔で突っ立っていた老婆がそう話しかけるとユラは簡潔に詳細を伝えた。
「テレパシーって……あんたそんな事もできるのかい!?」
「まあ、魔法使いなので……それよりお婆さんもよければ聞いてみてください……お爺さんのピアノを」
老人がピアノの元へと辿り着くとほっと安堵するような顔色を浮かべた。その様子からするに彼にとってその場所はとても居心地の良い場所だったのだと判断したユラは、そっとピアノの蓋を開けにこりとした表情を見せる。埃っぽいそれはとても温かく。布で優しく包まれていた。
「今更そんな……やめておくれ!難聴だというのに弾けるわけが……」
困惑した老婆がそう言いかけるとポロリと優しい音色が老人の指の下で広がる。それは不協和音ではなく音として完成したもので。とても切なくも温かい音色だとユラは思った。
「……素敵な音色ですね」
いきなりの挑戦だったが魔法が上手くいったようだと嬉しそうに語ると、ユラの隣で老婆が泣き崩れる。それはとても甘い雨粒のようで。感極まった彼女を支えるように肩を撫でると老婆はどこか嬉しそうに語り出す。
「この魔法……あんたがやったんだね」
「はい、そして今も魔法で彼に音を伝えています」
「……ありがとう小さな花の魔法使い……こんなふうにピアノを聞いていた事を思い出させてくれて……今日だけでも聞けて嬉しかったよ」
「今日だけなんてとんでもない!お婆さん達が望むなら私はいつでも魔法を使いに来ますよ」
「……本当かい?」
「ええ、いくらでもお役に立ちますよ」
「……そうか……ならまた頼もうかねえ……きっと久しぶりに弾けて夫も喜んでるだろうし」
そう話すと老婆は夫である老人の方へと顔を向ける。それを見たユラも同じように老人の方へと視線を移すとそこには涙を流しながらピアノを弾いていた彼の姿があった。
◇ ◆ ◇
日の色が変わる頃の帰り際。ティグリスに全てを話すと彼は感心したような顔で話を伺った。
「そうか!さすがユラだ」
「まあ色々一悶着ありましたけど楽しかったです」
「それで?何かマルスに関する有力な情報は得たかい?」
「へっ?いやそれは何もないですけど……」
「なんだ……打ち解けたなら何か聞き出せたかと思ったのに……残念だよ」
ティグリスがそう話すとガックリと項垂れるような格好で歩く。それを見たユラは呆れたような顔で。彼を見るや否やそうじゃないと彼に説教をする。
「もう!そういう態度が逆に怒られるんですよ!いいですか?国の役人だからってそういう態度で物を話すとかえって逃げられるんですからね!」
「でもそれが僕達の役目だし……」
「だからそういうのがよくないんですってば!例えばですね……」
ユラが説教をするとティグリスは何処かなあなあとした態度で聞き流す。全く困った人だ。そうユラが思いながら話すと静寂とした辺りに喧騒が行き渡った。




