第76話 混ざり合う明るい未来
翌日もその翌日の光景も皆が笑顔になる事はなかった。次々と映し出されるそれはとても懐かしくとても陰鬱な魔法だとユラは心から思った。思ってしまっていたが正解かもしれない。
「とりあえず教会での記憶はここまでにしておこう……立てるか?ユラ」
カエデがうずくまったユラに対してそう言うと、ユラは重い身体を起こして無理矢理立とうとする。しかしあまりの悲しい出来事にショックを受けていたユラはその場でフラフラとふらついてしまう。
「大丈夫か?ユラ」
「……大丈夫です」
「……ああ2人とも、終わったのかい?」
「ええ、まあ……ただ……」
「ああ……そういう事か」
追憶の魔法が完全に解除されると、教会の椅子で待っていたティグリスが何かを察したのか……こちらを見て頷きながらやってきた。
「……悪趣味な魔法だったでしょ、あまり気にしなくてもいいよユラ」
「ちょっと先輩と言えどさすがに失礼じゃありません?ティグリス隊長?」
さすがに黙り込みすぎたのか。2人がユラに対し気を使ってるのがよく分かる。けれども先程の映像の事がありいつもどおりの調子が出せないユラは2人に挟まれた状態で引き続き黙り込む。
「うーん……そうだ!カエデ、アレをしてみてくれないか?」
「アレ?……アレってまさか僕が苦手なアレですか!?」
「ご名答、それをしたら少しは彼女の気が晴れるんじゃないかなって思って」
「……まさかこの雑草女のご機嫌取りの為だけにさせるんじゃないでしょうね!?」
「僕らはあくまで国の役人、アフターケアも完璧にしなくっちゃあね」
ティグリスがそう話すとカエデに対し指をさすような仕草で語り出す。なんの事だろう。ユラは放心状態のままふと思った。先程の事といい2人が自身に対して気を使っているのは分かるのだが……その2人が何の話をしているのかいまいち分かっていないユラ。するとそんな態度を見てかカエデが様子を伺うかのようにこちらを見てこう述べた。
「なあユラ、続きが見たいんじゃないか?」
「……続きというのは……?」
「さっきの映像の続きだよ、皆が笑顔になる映像」
「そんな映像なかったじゃないですか!」
そう、そんな都合の良い場面などなかった。目を潤ませて立ち尽くすシスターと憂鬱な顔でそれを眺めるギュンターの姿。これこそが先程まで見てきた現実の光景。たとえ過去のものだとしてもそれが全てなんだと悟ってしまった今、落ち着いて聞いてはいられなかった。だってアレがイアだった頃の自分とシスター達との最後の別れだったのだから。
「ユラ、気持ちは分かる……でも落ち着いて聞いてほしい……あるんだ、彼らともう一度会う方法が」
「彼らと……もう一度会う……?」
「そうだ……ただこれには条件がある」
「……条件?」
先程から何を言ってるのだろうと怪訝な顔でカエデを見つめるユラ。それを察したのか。少々苛立った様子で頭を搔いた後、引き続きユラに話を持ち出す。
「ああそうだよ!だから条件さえのめばさよなら出来なかった彼らにもう一度会えるって話をしてんの!」
「えっ!もう一度会えるんですか!?」
「ああ!……でもその前に条件がある」
話を聞くとどうやらカエデ自身の魔法であるとの事。そして条件というのは2つあり1つは必ずしも成功する魔法ではないという事。そしてもう1つは一度発動したら二度と会う事はできない魔法であるという事だった。
(条件……それでも会ってみたい……)
一時的に傷心状態ではあったものの正常な判断ができるようになったユラは試してみたいと心から思った。だってそれはユラにとって本当に最後の対面のチャンスになるのかもしれないのだから。
「分かりました……その魔法にかけてみたいです」
「分かった……まあちょっとしたアフターケアとやらにはなるだろう……失敗したらそれまでだがな」
そうカエデが話すとユラは静かに息を飲む。彼が言うには成功率は割と低めという事らしいが……それでも試してみる価値はある。ユラがそんな事を考えているとカエデが確率低めの魔法をこの空間の中でかけようとしていた。
「ではいくぞ……遺書!《タイプライター》」
カエデが魔法をかけるとたちまちこの教会の空間が白く歪み始め、建物の輪郭が徐々に薄まっていく。そしてとうとう全体が真っ白に染まると薄らとした黒い影が目の前に浮かび始めた。
「あれは……まさか!?」
そう影からぼんやりと映し出されたのはシスターやギュンター率いる多くの見知った孤児達。それを一目散に気づいたユラは思わずその場から離れギュンター達の元へと駆け寄る。
「ギュンター!皆!」
『ん?可愛らしい子ね、どなたかしら?』
そうか。今はイアの姿である黒髪の紫の瞳ではないから気づいてもらえないんだ。とユラが一瞬嘆くと、目の前にいたギュンターが何かに気づいたかのような目でこちらを見つめ話し始める。
『……お前……イアか?』
「!?……そ、そう!私よ!……イアよ!」
まさか本当にもう一度会えるなんて。それどころか自身がイアだという事にも気づいてもらえるなんて。とユラが柔かげな歓喜の表情を浮かべているとシスター達が夢でも見たかのような顔でこちらを見つめこう語りかける。
『うそ……!……あのイアちゃんが……』
『皆心配してたんだからな!』
『今までどこほっつき歩いてたのよ!?』
「ごめんなさい!色々あって……」
あの後学校で誘拐された事。そして二度死ぬ思いをして今黄色い草花として生きている事。その全てを語る事はできなかったがユラはある程度の触りのない話をして皆を元気づけた。
『そうだったの……色々大変だったのね』
『私達もあの後イアの事いっぱい探して……う、うぅ……まさかこんな形で会えるなんて……』
皆にはとても心配をかけてしまった。そう考えるとユラの胸の辺りがチクリと刺す。苦しい胸の痛み。植物だから胸なんてないはずなのに。不思議だなとしょげた顔をして思っていると向こうで佇んでいたギュンターがこちらを見てこう言い放った。
『おいバカ女……お前今でも生きているのか?』
「うん、まあね……色々あったけど何とか生きてるよ」
『バカ……本当にバカだ……何があったら200年後の世界にまで飛ばされるんだよ』
「本当に……心配かけてごめん」
『なあ、本当にずっと探し回ってたんだぞ……あの時から死ぬまで』
「本当にごめん……」
『まあいい、今となってはどうでもいい事だ……それから、最後に1つだけ』
「……何?」
改まってどうしたんだろう。ギュンターらしくもない。とユラが思っているとギュンターは見た事のないくらい照れた顔をしてこう話を進める。
『……お前の事は誰よりも大切に思っていた』
ギュンターがそう話すと急に風が靡きだした。そして白いモヤが風と共に薄まって現実へと引き戻されていく。そろそろ時間なのかもしれない。そう感じたユラは急いでかつての仲間に対し大声でこう叫ぶ。
「私これからも皆の事忘れないから!!だから皆も私の事忘れずに見守ってて!!」
イアとしての最後の会話。それは空間内に大きく響き、過去と共に優しく溶け込んでいく。まるで青空に溶け込む雲のように。
「……はあっ……はぁ……」
懐かしい記憶と共に消えていった仲間の声。それが残骸へと変わり現実へと引き戻された時。彼らはどう感じたのだろう。ユラがそんなような事を考えながら息を整えると、隣から2人の声が聞こえる。それは何処か懐かしいような感じがあって。思わず2人に甘えたくなってしまう。
「ユラ!大丈夫かい!?」
「……はい、大丈夫です……ティグリスさん」
「……全く、あまり心配をかけさせるな、この雑草女が……」
「それで……魔法は成功したのかい?カエデ」
「ああ、成功したはずだ……で、感想は?……どうだったんだ?ユラ」
カエデが変わらぬ調子でユラに対し問うと、ユラは呼吸を整えながら胸に手を置き答えようとする。が先程の余韻がまだ残っているのかなかなか声が出せない。それを察してかカエデ達が次の言葉を言い淀んでいると、ユラは胸に込み上げた思いをさらけ出すかのようにポツリとこう話す。
「さよならを……ありがとう……」
もう悔いが残る事はない。ユラはただただそう思った。ポツリと囁いたその言葉は今のユラにとっては最大の答えで。カエデ達を妙に納得させた。
「……そ、そうか……それはどういたしまして」
「……これは、涙?」
ティグリスが不意にユラの顔を見ると涙の跡らしきものが見えた。おかしい。彼は思った。彼女は植物でこのような感情表現はできないはずだと。するとユラの足元にポトリと物音がした。それが何か気になったティグリスが拾い上げると手元にあったのは小粒サイズの小さな魔石だった。
「……帰ろうかユラ」
「えっ……でもまだ終わってないんじゃ……」
「そうですよ、まだ調査は途中のままです」
「いや、今日はここで終わりだ……続きの調査は後日すればいい」
ティグリスがそう話すとユラを慰めるかのようにそっと肩を抱き歩みを進める。きっとティグリスの事だ。自身の様子を見て気を使ってくれたのだろう。とユラが思っているとその事に勘づいたのか否か。そんなユラを見て優しく微笑む。
「さあ、帰ろう」
いつの間にだろう。静かに教会を出ると外の地面に小さな水溜まりがあって。なんとなく空が自身の代わりに泣いてくれたような気持ちになる。その空はどことなく天邪鬼で。晴れているのか曇っているのかの曖昧な境界線。それを見たユラはなんだか寂しくも優しい気持ちになって。どこか気持ちを晴れやかにさせた。




