第75話 過去の暗い現在の姿勢
「では始めるぞ……追憶」
カエデが魔法を発動させるとキラキラと周囲が輝き出した。一体これからどうなるのだろう。ユラがそんなような事を考えているとキラキラとした周囲の景色が徐々に歪み始め、別の物へと変化する。
(こ、これは……!?)
ユラはただただ驚愕した。その輝いていた景色がイアだった頃の元の教会の景色へと変化したのだ。そんな状況だ。さすがに落ち着いていたユラも驚きのあまり思わず椅子から立ち上がってしまう。そしてその変化を目を点にしながら不思議そうに見つめ続けていると、共にいたカエデが落ち着けとばかりにこちらを見てこう言う。
「落ち着け!雑草女……過去の映像がそのまま具現化されているだけだ、気にする事はない」
「でもこれって本当に私が前にいた教会の映像そのものですよ!」
「まあそういう魔法だからな……大した物ではないが」
「いえ、そんな事は……あと」
「なんだ?」
「……雑草女っていうのやめてもらえませんか?」
「今言う事じゃないだろう」
「……すみません」
「……まあいい」
隣に立つカエデと共にその場に立ち尽くすと、今はなき教会の姿が鮮明な状態のまま映像として流れ続ける。まるでその場に2人がいるかのように。懐かしい空気で満たされていく。
「えっ!?あそこにいるのは……ギュンター!?」
ユラが指さすとそこにいたのは紛れもない彼で。ユラは思わずギュンターの近くへと駆け出す。
「おい待て!」
カエデが声をかけるが気にするも事なく彼の元へと向かうユラ。そんな彼女を見てかカエデが落ち着きを取り戻させようと突発的にユラの方へと手を伸ばす。
「ギュンター!!」
間違いない。ユラは思った。彼はギュンターだ。そう思うとユラは落ち着いてはいられなかった。一緒に教会を共にしたあのギュンターが目の前にいるのだ。落ち着きを取り戻せる訳がなかった。
「えっ!?」
ユラがギュンターに手を伸ばすと、まるで自身が幽霊にでもなったかのようにすり抜けていく。そうこれはただの映像。うっすらと自覚はしていたがあまりの出来事にその場に立ち尽くす。
「ユラ、これはただの映像だ……だから触れても認識される事はない」
「分かってます……それでも……」
「……ったくしょうがねえ雑草女だな、まあいい……お前が見たい場面から探してやる……ユラ、どこか見たい場面とか……日付とかはないか?」
「……見たい場面?」
さすがに心配をかけすぎたか。あのカエデがユラの両肩に手を置き様子を伺っている。見たい場面。それはなんだろうと胸元に手を置いて心の自分と相談するとある事を考え出す。それは入学後の教会の姿。彼らは元気に過ごせていただろうかとユラはふと思うとカエデにその日付を伝えようとする。
「……200年前の4月2日辺り、その辺りの記憶が見たいです」
「……よし分かった、仕方ねえ……その辺りの記憶から探りを入れてやる」
カエデがそう言うと教会内での場面が巻き戻されたかのように砂嵐が流れる。どうしてだろう。ユラはとても懐かしいような気がした。その砂嵐さえも自身が経験してきた記憶の残骸な感じがして。つい目を追って見入ってしまう。
「こ、これは!」
「ん?なにか見つけたか?」
見たのは前の学校へと入学する前の光景。丁度学校へと出発する真近の場面だった。
「目の前にいるのはシスター達と……私!?」
「そうだ、この魔法はお前やお前の周りの親しい人間の過去をそのまま映し出す」
どうやらカエデに伝えたとおり目の前の場面は200年前の4月上旬に戻ったらしい。とても懐かしい光景だ。そうユラが確信しながら見ていると目の前のイアだった頃の自分が喋り出す。
『じゃあ皆、行ってくるね』
『あんなに小さかったイアが登校する日が来るなんて……なんだか寂しくなるわ……』
『まあまあ、シスター大袈裟すぎですって……一生の別れって訳じゃないんだから』
『でも寂しいものよ、明日からイアちゃんの寝ぼけ顔が見れなくなるんだから』
『もう!シスターったら!』
涙ぐむシスターを横目にイアが話をしているとシスターの後ろからとある人物が入り込む。
(ギュンターだ!)
そういえばあの日遅れて見送りにきてくれたんだっけとユラが優しく微笑むと、記憶の中のギュンターがギンとした変わらない目つきでそちらを見つめる。
『ずいぶんと多い荷物で行くんだな』
『……ギュンター……来てくれたんだ』
『まあ?お前みたいなへなちょこりんが今後上手く学校内でやってけるか不安だったから様子を見に伺ったまでというか?』
『なにそれ!?……もう本当にギュンターったら可愛げのない!』
『まあまあ……ギュンターだって寂しくて来た訳だし……』
『別にそんなんじゃ!!……ただ』
『ただ?』
『……この女が今後上手くやれるか心配だっただけだ』
ギュンターがそう言うとイアだった自身はしょうがないなとでも言うようにクスリと笑う。
「なんだか懐かしい光景です」
「そうか、ならもう次の場面に写ってもいいか?」
「いえ、もう少しだけ……」
ユラがそう言うとカエデはまあいいかとでも言うかのように頭をかき、その場面に留める。せっかく懐かしい光景なのだからと先程の映像を見つめると、丁度イアだった頃の自分が荷物を抱えてその場から離れようとしていた。
『それでは行ってきます!……落ち着いたらまた帰ってくるね』
『『行ってらっしゃい』』
そうイアが別れを切り出すと教会から出て馬車へと乗り移る。確かその馬車は教会側が出してくれたものなんだっけとふと考えていると、カエデがもういいかとでも言うように右肩を叩きこう話す。
「今のが4月上旬に起こった出来事だが……間違いないな?」
「はい、違いありません」
「そうか、それならいい……ところでユラが行った学校というのはバロン・ジレー・ドラン高等学校で間違いないか?」
「はい、そうです……よくご存知で」
「まあティグリス隊長からよく話を聞いたからな……この辺りの記憶も後日確認しておこう」
そうカエデが話し出すと場面は次の日の教会へと変わる。するとユラが見たのは思ってもないもので。唐突にシスターの泣き顔が映し出され思わず驚愕してしまう。
「こ、これは!?」
「なんだ?皆泣いているな」
なんだと疑問に感じているカエデをよそにユラがその映像を覗き見ると、明らかに全員暗い表情で。見た事のないくらいその場が沈んでいた。
『イアちゃん行方不明になったんだって』
「えっ!?」
そうだ。よくよく考えたら私は行方不明者だとユラが思い詰めると、息ができない程心が苦しくなった。だってそうじゃないか。あの後この教会に戻ってくる事はなかったのだから。
『ごめんなさい!神様!あの時登校するのを止めていれば!』
『あのバカ……何やってるんだよ!』
あのいつも凛としているギュンターでさえ目を潤ませて愚痴っている。かなりショックだった。ただただそれを見続けていると次第に身体の力が抜けて入らなくなる。あまりの出来事にショックを受けたユラは、段々と気が抜けその場に力なく座り込んだ。
(なんて事をしてしまったのだろう)
心の中で悲しみの雨が降った。こんな時人間の姿だったら。涙で溢れ返っていた所だろう。それでも仮の姿でしかないこの身体では涙ぐむ事さえ叶わない。そう改めて実感すると失望の意思で心がいっぱいになった。




