第73話 明るい現在からの始まり
青空が巨大な魔法陣と共に溶け合う日のこと。ユラはティグリスとの約束を守る為、スタリナ行きの汽車へと向かっていた。学校もすっかり長期休暇と入ったこの頃。ティグリスから魔法の手紙をもらい、汽車で待ち合わせるよう知らせが入ったのだ。
「うーんどこだろうティグリスさん」
「おーいユラ!ここだ!ここにいる!」
ユラがスタリナ行きの汽車の前へ到着すると、ティグリスがこちらへと手を振り名前を呼ぶ姿が見えた。どうやらユラよりも先に待ち合わせ場所に着いていたようだ。急いで駆け寄るとティグリスはユラの方を見てこう話しかけた。
「ようやく来たみたいだね」
「すみません、少し出遅れたみたいで……」
「いや違う……ユラの事ではなく彼の事だよ」
時間前には来るように伝えたのに全く彼ときたらとティグリスが頭を抱え呆れ果てていると、後ろからすみませんという声が聞こえた。誰だろうか。ユラがそう思いながら後ろを振り返ると、そこにいたのはティグリスと同じような黒服の格好をした人物が佇んでいた。
「あの……この方は?」
先程からユラの頭に手を乗せている人物についてティグリスに問うと、ティグリスは面白いものでも見たかのようにクスリと笑いながらこう話した。
「あははっ……失礼、こいつは情報処理部隊隊員のカエデ・パルメルアだ」
「どうも……隊長、この小さい女が噂に聞く雑草ちゃんって子?」
「ざ、雑草ちゃん?」
「こほん、失礼……君さ、噂があるにしても本人の目の前で雑草ちゃんはないんじゃない?」
「あれ、ダメでした?」
なんなんだいきなり。とユラがげんなりとした表情でカエデを見ると、それを見ていたティグリスがフォローするようにこっそりと話をする。何者だろうか。カエデという人物は。ユラの中で様々な考えが巡り廻る。するとそれを察してかユラはティグリスからカエデについて手短に改めて紹介を受ける。
「彼は僕の後輩のようなものだ、失礼なところも多いが仲良くしてやってほしい」
「カエデです……よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
「で、この女どこまで知ってる感じなんですティグリス隊長?」
「ああ……その事についてだが……そろそろ出発の時刻だから汽車の中で話さないか?」
そうティグリスが提案すると場の空気を察したかのように汽笛が大きく響き渡る。ティグリスの言う通りそろそろ時間のようだ。3人は急いで汽車の中へ乗りこむと空席になっている席へと向かい座り出す。その場で3人改めて話し出すとそこだけ異空間のような異様な空気で満たされていて。なんとも言えない不思議な空間が作り出されているような気がした。
◆ ◇ ◇
「で、この女……彼女は今日の事どこまでご存知なんですか?」
「あはは……実はまだ大して説明してない状態で……」
「全く……ティグリス隊長しっかりしてくださいよ……だからチグリア隊長にも説明不足だって言われるんですよ」
「はは……すまない、後輩に見せる姿勢ではなかったね」
あのティグリスがしょげている。とユラが珍しいものを見たかのように眺めていると、カエデが面倒くさそうにこちらを見つめこう話す。
「おいそこの雑草女……今日について何か聞きたい事はあるか?」
「え、えっと……」
「例えばなんで無関係なこの僕が関わってるんだとかそういう質問だよ……まさかそんな事一度も思った事がないとかはないだろう?」
確かにその通りだ。とユラが勢いに負けながらそう思っていると、カエデが呆れたような顔で2人を見つめこう語りだす。
「あなた達今まで一体何話してきたんですか……説明不足にも程があるでしょ……」
「「すみません」」
「全く……これからする事はすごく大事な調査なんですよ?」
「「すみません」」
2人は静かに平謝りをした。確かに今までちゃんと説明してもらった経験がなかったかもしれない。でもそれなら悪いのはティグリスの方なのでは……とユラが少しばかり開き直っていると改まった顔でカエデがしてもいない質問に答えようとする。
「雑草女、さすがにこれからスタリナに行く理由は分かるよな?」
「は、はい……スタリナで起こった出来事を話す為です」
それは先日教わった国の部隊に関する情報との交換条件を守る為。そこまでは分かる。ユラは確かに教わった。と言ってもまだまだ知らない事だらけだが。
「じゃあなんでスタリナでの記憶が必要なのか……分かるか?」
「え、えっとその記憶にマルスが関わっている可能性があるから?」
「そうだよ!だから僕が来たんだろうが!」
そう言い放つと持っていた鞄をバンッと机に置くカエデ。さすがにまどろっこすぎて怒らせてしまったかもしれない。ユラが内心怯えながらそう考えていると、ティグリスが彼を宥めるようにそっと肩に手を置いた。
「す、すみません……」
「まあまあ、いいじゃないか」
「いいじゃないかってほとんどあなたのせいですよね!ティグリス隊長!?」
確かにその通りである。思えばティグリスから受けた説明はあまり確信を得た回答ではなかった。これまでの事を思ってみてもそう感じてしまったユラ。今更ながらカモにされていたのではないかと思い、あまりいい気持ちでなくなったユラはカエデに告げ口するかのようにこう囁く。
「……私もしかして今までカモにされてました?」
「状況がイマイチ分からんが恐らくそうだぞ雑草女」
「ちょっと!何コソコソ話してるの!?あとカモにはしてないから!」
「だってティグリスさんいっつも確信を得た回答くれないんですもの……それで向こうだけ私の情報得て終わりって……」
「交渉ってそういうものでしょ?だから今更そんな事言わないの!」
「うるさいっ!!!!」
カエデを挟んで2人でコソコソと話すとカエデからの罵声が広がる。ツンとした白い髪と紫色の眼光。今はそれがとてつもなく恐ろしくて。謝罪とため息がその場を包みこむ。カエデには悪い事をしてしまった。けれどもそれがなんだか心地よくて。思わずティグリスと2人でクスリと笑ってしまっていた。




