第67話 黄金の恋心
金色の空の中。何故自身の名を知っているのか問うと、カサギは帽子を深く被り直しこう話す。
「そりゃあティグリス隊長から話を聞いていますからね、だからどなたかだなんてすぐに分かりましたよ」
それに俺も魔眼持ちですからとカサギが付け加えるとなるほどといった顔で納得しかけるユラ。その発言といいこの格好といい、おそらく彼も国の関係者なのだろう。そう思うとハッとした顔でカサギを見つめるユラ。
「それよりエルは本当に大丈夫なんですか!?」
彼とのやり取りで少々安堵しかけたのもつかの間。連れ去られた彼は無事なのだろうか。そう思うとユラはそっとカサギの肩を掴み揺らす。あの尋常じゃない出血量。あそこまで酷い姿は今まで見た事がない。きっとタダではすまないはずだ。そう思うとユラは気が気ではなかった。エルはユラに取って大切なクラスメイトなのだから。
「……安心してください、俺達の救護班は優秀です……それに彼は最後の最後で治癒魔法を使っていた、その痕跡が見えたんです……彼もまた優秀な逸材ですね」
カサギがそういうとふふっとどこか子供のように笑い出す。ユラとしては笑い事ではないのだが……余程頼もしい救護班なのだろうか。ユラがそう考えると呆れた顔で再びカサギを見つめ直す。この人は何者なのだろう。そう考えているとこちらの真意を察したのか。カサギは改めて自己紹介を始めた。
「改めて申しますがこのカサギ・ルスカ、状況視察部隊隊長としてこちらの地域の視察をしている者です……今日ここに来たのは君達の監視と周辺地域の視察のついでといったところでしょうか」
「監視ですか?」
「ええ、まあ国に頼まれての事ですが……まさかマルスの木の枝やそれに関係した蜘蛛が暴れるとは思いもしませんでしたがね」
とにかく君達が無事でよかったと笑うカサギとそれに対し腑に落ちない気持ちでいるユラ。ユラとしてはこのどこかひょうきんな態度の彼が気に入らないでいたが、カサギはそんなユラを気にする事なくクスリと笑い続ける。
「あの、何故私達を監視する必要があるのですか?」
「そうですね……あなたは一応マルス適合者だから、とでも言っておきましょうか」
「適合者だからですか」
「ええまあ……その辺りは後程ティグリス隊長にでも聞いてみるといいでしょう……それに」
「それに?」
「……いえ、ただあなた達の関係が実に興味深いと思いましてね」
朝っぱらからデートなんてとカサギが付け加えるとユラは顔が火照るような感覚に陥る。それに対し別にそうじゃないと返すと、またクスリと笑い微笑ましいような顔でこちらを眺めてくるカサギ。本当にそういうのではないのだが。ユラが否定しながらそう思うとカサギがふと不思議そうな顔でこちらに語りかける。
「あのエルという少年……彼はあなたの事が好きなのではないでしょうか?」
「ちょっと!?いきなり何を言い出すんですか」
「何故です?あれはどう見ても好意があるでしょう?」
「そんな訳ないじゃないですか……それに……」
私は草なんですよと付け加えるとキョトンとした目でこちらを伺うカサギ。何だろう。変な事でも言っただろうか。もしや自身が植物である事を知らないのでは。ユラがそう思うとカサギは目を丸くした状態でこちらに話しかける。
「あなたは草だから恋愛対象にはならないとでも言いたいのですか?」
「はい、実際そう思ってます……というかティグリスさんから聞いてるんですねその事」
「まあ色々こちらに伝わってますからね……それより草だからというのは関係ないのではないのでしょうか?」
「……というと?」
「だって今のあなたはどう見たって人間じゃないですか」
カサギにそう言われるとそっかと一度は納得するユラ。しかしこれはあくまで仮の姿。変身魔法を解いたらどう足掻いても草の姿に戻ってしまう。その事をカサギに伝えるとカサギはどこか納得していないような顔でこう述べる。
「……もしかして言ってないんですか?その事」
「……ええ、まあ」
「何故?言ってしまえばいいものを」
あの感じならきっと彼受け入れてくれると思いますよとカサギが飄々とした態度で言うと、そうでもないのではと思い悩むユラ。こちらとしてはいつかは言ってもいいとは思っていた。でも今ではない。そんな考えが頭によぎり今まで言ってこなかった。本当は怖かったのかもしれない。親しい友人に真実を知られる事が。
「エルは優しいから話せばいつか理解してくれると思います……でも人の寛容さや優しさにはどうしても限度がある」
そう、これが今まで言わなかった理由の1つだ。人には限度というものがある。あの担任であるクロノス先生ですら渋い顔をしながら話を聞いていた。要は怖いのだ。知られて驚かれる事が。避けられるという考えがよぎる事が。
「決して彼の器が小さいとかそういう事を考えてるわけではありません。きっとエルなら……最初は困惑するでしょうけど、なんだかんだいつも通り彼らしく接してきてくれると思います」
恐れてはいるがそれでも本当は知っている。エルの優しさを。おそらくエルなら受け入れてくれるかもしれない。でもその優しさに甘えてもいいのだろうか。ユラとしてはどうしてもそう思ってしまう。
「ですがもし、この先私自身の身になにかあった時、私達の関係性になんらかの影響があった時、私という存在が彼を苦しめてしまうかもしれない」
そしてこれが今まで言えなかったもう1つの理由。関係性だ。ユラの見た目は人間そのものでも中身は所詮雑草。もし今後何かあったら……自身を無理矢理庇って怪我でもするのではないか。そうでなくても草だという事実が彼を延々と苦しめるのではないか。それもあって今日この日までずっと言ってこなかった。結局真の友を求めているのにもかかわらず、なんだかんだ怯えて怖がっているのかもしれない。そう結論づけると内心自身にガッカリしてしまう。
「だからたとえ今後私が彼を好きになったとしても、私はきっと諦めると思います」
そう、これでいい。たとえ今彼が自身を好きであったとしても聞かなかったことにしなければならない。だってそうでないと彼を傷つけてしまうかもしれないから。ユラが無理矢理自身にそう納得させるとどこか浮かばない顔でこちらを見るカサギ。初対面なのにさすがに話しすぎたかもしれない。そうユラが思うとカサギがシルクハットと浅めに被り直してこう語り始める。
「そうですか、それはなんというか……実に美しい答えですね。その場しのぎの言葉ではなく、君の意見にはちゃんと相手を想う心がこもっている」
美しい答え。本当にそうだろうか。ユラがそう考えていると引き続きカサギが付け加えるようにこう述べる。
「でも、君の愛の芽吹きはまだ始まってもいないだろう?この先もし君が誰かに恋した時も今と同じ事を考えて歩みを止めるつもりかい?」
仮に誰かを好きになったら。考えてもみなかった。誰かを好きになるなんて。だってそんな余裕なんてなかったから。言い訳かもしれないが心からそう思った。そう思ってしまっていたが正解かもしれない。ユラがカサギの言葉に対し動揺していると、カサギはこちらの心理を覗くかのようにこうフォローする。
「……確かにそれも選択としては十分にアリだ。君の身体が元に戻る見立ては現在のこちらの立場からしても確証しづらい、難しいものだからね」
そうだ。事実身体が戻るという確証がない。だから言えないのだ。それなのにこのカサギという人は……とユラが内心思っているとカサギは付け加えるかのようにこう述べる。
「けれど頭で考えて何も行動しなければいつか後悔してしまうと俺は思う……俺自身がそうだからね」
そう言うとまたもやシルクハットを深く被り直すカサギ。この言葉といいこの態度といい、ユラと同様に似たような体験があったのかもしれない。ユラがそう思うとカサギが再び飄々とした態度でこう話す。
「君には俺と同じようになってほしくはない。だから後悔のない過程を歩んでほしい……と俺は思います」
後悔のない過程。それはユラにとっては難しいものだった。ただ後悔だけはしたくない。そう述べたカサギを見つめるとやはりどこか余裕そうな顔で。クスリと笑われてしまう。おそらく彼の中にある恋愛観なのだろう。ただ今のユラにとっては考えにくいもので。ユラは分かりましたとだけ言うとふらふらとどこかへ立ち去ってしまう。
「エル……私はどうしたらいいのだろう?」
初対面の人に色々話しすぎた。ユラがそう思うとトボトボとカサギから離れ歩き出す。これからの事。今後の自身の恋愛観の事。まだまだ考える事が多いようだ。そう考えているとユラは遠くでエルを運ぶ救護班を見つける。
「エル……大丈夫?」
咄嗟にエルの元へ駆け寄ると救護班に足を止められる。どうやら深く眠っているようだ。先程の出血量も今は止まっている。そう思うとユラは深く溜息をつき安堵した。やはり救護班に任せて正解だったかもしれない。ユラが内心そう思うと彼の寝息を静かに聞く。可愛い寝顔だ。そんなエルの吐息を聞くとまるで草原からなびく風のようで。心地よいと思いながらその場に佇んだ。




