第66話 颯爽と現れる騎士
ユラが再び最後尾まで突き進むと、風変わりな風がユラの隣によぎる。おかしい。先程まで汽車の上にいた黒い蜘蛛達が消えている。そうユラが思うと不気味な違和感を覚える。まただ。またあの感覚がする。ユラがそう思い後ろを振り返ると誰もいない。もしやまたあの蜘蛛達がどこかに身を潜めているのでは。そう考え蜘蛛が辺りにいないかくまなく探すと、ユラは背後から見覚えのある気配を感じた。ありえない。あいつの気配がする。すると後ろの方からまたのっそりと動くような気配がした。
(ありえないけど……まさか、まだいるっていうの!?)
ユラが驚いて後ろを振り返るとやはり先程倒したであろう巨大な蜘蛛がユラの前に立ち塞がっていた。
「あなた……まだいたの!?」
信じられない。この大きさの蜘蛛がまだいたなんて。ユラがギョッとした顔でそう思うと、蜘蛛がじわじわとユラの元に迫る。妙だ。よく見るときちんとした輪郭がない。そう思い蜘蛛の様子をじっと眺めるとある事に気づく。
(無数の蜘蛛だ。無数の蜘蛛が集まって巨大な蜘蛛へと変貌している!)
そう感じるとゆらゆらと無数の蜘蛛が揺れる。それはまるで巨大な蜘蛛の分身のように。1匹1匹が集まって巨大な蜘蛛と化していた。
「まだやるっていうの!?」
ユラが巨大な剣を作成するとゆらゆらと揺れるそれに剣を向ける。するとキンッと言う音もなくボトボトと蜘蛛が崩れ落ちる。そして何をするかと思えば再び巨大な蜘蛛へと姿を変え態勢を整えたではないか。
「さっきの蜘蛛より厄介な敵ね!」
黒く動くそれは煙のようにうねりユラを撹乱させる。どうしたものか。ユラがふとそう思うとあるアイデアが浮かぶ。そうだ。この蜘蛛達がバラバラとなって動くならいっそ固めてしまえばいい。そう考えると持っていた剣を投げやすいように変形させ、蜘蛛にそれを投げつけた後こう呪文を唱えた。
「風に踊る陽の光!《シシリエンヌ》」
すると巨大な蜘蛛に見せかけていた黒い集合体が、太陽の光のようなトゲトゲの形にまとまる。そして線路の心地よい音と共に徐々にヒビが入り、粉々に砕かれ風と共に消えていった。
「よし!これでひとまず……っ!?」
一度は終わったかのように見えた戦闘。しかしどうやらそうもいかないようで。ユラが再び最後尾の方を眺めるとまた小さな黒い蜘蛛達が汽車の上に散らばっていた。
「もうこれじゃあキリがない!」
そう言うとユラは再びまとわりついてくる蜘蛛を手で払いながら退治していく。このままではいつか魔力切れで動けなくなってしまう。そう思った次の瞬間、最後尾からある音が聞こえてくる。
「馬の足音!?」
パカラッパカラッと鳴る馬の足音は汽車の音より大きく響き渡っている気がして。ユラは思わず最後尾の方を振り返る。すると馬の鳴き声と共に何者かがこちらの方に向かってきた。
(あの人は誰?)
知らない立ち姿。でもそれは確かにティグリスに似た物で。黒服と黒いシルクハットを被った金髪の何者かが馬に乗ってこちらの方へ駆け寄ってきていた。誰だろう。ユラがそう思うと黒服を着た男らしき人物がこちらを見て唇に指さしこう唱える。
「大丈夫……《マゼッパ》」
すると彼の後ろにいた馬達が勢いよく汽車を追い越していき粉状になって消えていく。そして何が起きるかと思えば汽車全体を包み込み綺麗に浄化していくではないか。
「これは一体!?」
先程までまとわりついていた蜘蛛達がまるで嘘のように消えていく。それはまるで霧が見せていた幻想のようで。ユラは思わずハッとした。
程なくしてようやく汽車のスピードが下がり始める。先程までの勢いはどこへやら。そうユラが思い始めると真っ先にエルの方へと向かう。彼は無事だろうか。いてもたってもいられなかった。何故なら1番孤独で1人線路と向き合って戦っていたのは彼自身なのだから。
「……エル!」
彼のいる方へ名前を叫ぶとユラは懸命にそちら側まで走る。たかが変身の姿なので息切れはしていないが……まるで身体の底から疲れが襲ってくるような感覚がして。不思議と身が重くなる。
「大丈夫?エル」
すぐさまエルの元へ駆け寄ると心労を気にし声をかけるユラ。しかしどうもエルの様子がおかしい。心配してエルの肩に触れるとフラッと力なく倒れてしまうエル。そして汽車の下まで転がり落ちると、エルの周辺が血溜まりになってしまっていた。
「エル!!エルっ!!!」
必死に叫ぶも虚しく声だけが響き渡るだけ。そうしているうちにもエルの呼吸と鼓動が薄まっていく。どうしたらいいのだろう。ユラが静寂に包まれる中叫び続けるとトンと後ろから肩を叩かれる。
「…………あなたは」
振り返るとそこにいたのはさっきまで最後尾にいた金髪の髪の男だった。揺れる1本の三つ編みのそれはユラと同じような髪型で。思わず見入ってしまう。
「大丈夫、彼は死にませんよ」
彼というのはエルの事だろうか。不安そうな目で男の黄色い瞳を見つめているとエルが寝かされた状態のまま何者かに運ばれていく。
「今救護班を呼びました、だから彼は大丈夫」
「あなたは一体……?」
「俺ですか?俺はカサギ・ルスカ、そういう君はユラ・メイドリーですね?」
「何故私の名を?」
何故私の事を知っているのだろうか。ユラがそう思うとカサギが不敵な笑みでこちらを伺う。大丈夫。これは勘だがおそらくこの人はいい人だ。そう思うとユラの肩の荷がやっと降りた気がして。ようやく一息つけるような予感がした。




