第110話 爽やかな一時
「最近忙しそうですわね……ユラ」
「えっ?そう?」
ヤスチヨがそう言うとユラは生返事で。歯磨きしながらこう答える。確かに最近の放課後は魔力コントロールの練習かティグリスさんのところに行くか禁忌の図書室での本の掘り出しで手一杯だ。だがユラとしてはこれ以上にない程充実とした一日で。案外忙しい方が好きなんだなと我ながら思う。
「少しはお休みになってはいかが?」
「……うーん」
そうは言うものの。この身体になった時から疲れ知らずというか限界を知らない状態なのだ。今更休めと言われても。そう思いながら歯磨きを済ませるとユラはヤスチヨにある事を聞く。
「そうですわ!ユラ!ミオリオと一緒に香炉を楽しんではいかが?」
「……香炉?」
また妙な事を言うなとユラは思った。どうやらヤスチヨは借りた異世界本の影響を受けたのだろうか。ヤスチヨの後ろには今週借りてきた異世界本の香り付けのページがパラリとめくられていた。
「私はいいけど……ミオリオに聞いてみないと分かんないよ?」
「ミオリオなら今日は放課後空いてるとお聞きしましたわ!」
さすがヤスチヨ。情報が早いとユラは思った。ヤスチヨの事だ。きっと暇な時にミオリオの予定を聞き出したに違いない。そう思ったユラは早速ミオリオのところまで向かう。
「ミオリオ!」
「へっ?どうしたの?」
ユラがこの先にミオリオがいるであろう部屋の扉をノックすると、扉がそっと開かれミオリオが顔を出す。白い襟シャツを着たミオリオを見るとどうやら着替え中だったらしいが、ヤスチヨの言うとおりちゃんと部屋にいる事が確認できた。
「急で悪いんだけどあの……一緒に香炉を楽しまない?」
「……香炉?」
本当に急な話だ。ミオリオは受け入れてくれるだろうか。そうユラが思い悩むとミオリオはそんなユラの考えに反しこう答える。
「別にいいけど……なんであたしなの?」
「ミオリオ調合とか得意でしょ?だからいいかなって」
「……なるほどなるほど」
そう言うとミオリオは早速着替えを済まし部屋の外へ出る。ミオリオの楽しそうな姿を見るとどうやら誘ったのは正解だったようで。心の中でヤスチヨに感謝した。
(……ありがとうヤスチヨ)
「ん?どうしたのユラ?」
「……いやなんでも!」
ユラがそう言うと2人はスキップするように2階へと駆けていく。調合室は学校の2階の右端。そう考えながら目的地である調合室へと向かうとユラ達はこの先にある楽しみをゆっくりと待ち構えた。
◆ ◇ ◇
早速調合室に入るや否やミオリオ達は調合の準備をする。普段は授業でしか使わないその場所は清潔に美しく整えられていた。
「じゃーん!早速調合してみたよ!」
「わーすごい!手際がいいね!」
ミオリオが手を広げるとそこには既に調合された物が複数置かれていた。試しに嗅いでみるとそれは仄かに甘い香りのものやさっぱりとした夏のような香りなど複数あった。
「ねね、どう?」
「素敵な香りがいっぱいだね!」
ミオリオが作り上げた様々な香りを楽しむとユラはある調合品に手をつける。それはほのかにスっとした香りがする。そんな香り。まるで春風のような甘い爽やかさ。でもハッキリと主張する香りでもあって、一瞬だけ感じた主張が少しずつ空気に溶け込み消えていった。なんとなく名残惜しくなりもう一度空気を取り込むと、先程まで感じていた香りがしなくなっていた。
「あれ?ユラお目が高いね!」
「この香りひょっとして……」
エルと似たような香り。そんな気がした。何となくだけどどことなくエルに似ているのだ。
「それエルにあげた香り付けなの!」
やはりそうだったか。そう思うとユラは思わずむせる。何となくエルに悪い気がして。その調合品をゆっくり下ろすとユラは再び別の香りを楽しむ為に手を泳がせる。
「って大丈夫?」
「う、うん平気!」
「それね、大食らいのエルが食べ物の匂いぶら下げてたから思わずあげたやつなの!」
「そ、そうなんだ」
なるほど。どうりで同じ匂いがする訳だとユラは思った。確か一緒に遊園地に行った時も同じ匂いがしていた。そんな気がした。
(あれ以降カサギって人の言葉が気になってモヤモヤしてるんだよね……)
ユラが1人困惑の表情でその場に佇むと、ミオリオが不思議そうな顔でユラの顔を覗きにくる。その行動に思わず顔をひっくるめるとまたもやミオリオがキョトンとした。
「どうかした?」
「い、いやなんでもない……」
せっかく用意された香炉だ。思う存分楽しもうじゃないか。そう思ったユラの行動はどこか懐疑的で。ミオリオはなんだか様子が変だなと不思議そうに見守った。




