第80話 世界改竄
五木碧の願いが叶えられたことによる改竄。それはもちろん記憶だけでは済まない。その前提として一切の事実も書き換えられている。
八神香が主導していた小野救世への暴行は起きていない。小野は負傷していない。被害者が消えても新たな被害者が生まれるだけだが、加害者が消えたなら新たな被害者は生まれない。
小野が夜の公園に呼び出されることはなく、そこで三船巴が小野に会うこともない。
巴が白尾爽悟に相談を試みることもなく、無惨に辱められることもない。
二宮皇が怒りに身を焦がすことはなく、白尾が帰り道で殺されることもない。
——巴が深く絶望することも。
彼女によって、世界の終わりが願われることも。
いずれもまだ起きていないことだ。そして、これからも起こらないだろう。
八神香の性質は変化した。残る可能性としては白尾爽悟の秘めた悪性が挙げられるが、彼の願いはもう叶わない。
——美少女を凌辱したい。それは紛うことなき犯罪であり、鏡の異能なくして彼の能力で叶えられる願望ではない。類稀なる容姿の女子生徒が突然相談にくることも、視聴覚室を難なく密室化することも、そんな都合のいい展開は二度と訪れまい。
——なぜなら、鏡はすでに去った。いつものように捨てられて、この場所、この時代から失われ、いつかどこかで強き願いを持つ者のもとに現れる。
現時点で候補は複数ある。近代の中央アジアで、難病の親を持ちながら自らも病に冒された子がいた。あるいは中世の独裁国家で、より強固な権力を欲する要人がいた。あるいは現代の西欧諸国で、朝に当たり前に送り出した子が帰ってこなかった親がいた。
——日常は永遠ではない。鏡には理性も情緒も感慨も記憶もないが、記録としてそれは識っている。日常を奪われた者。日常を奪わんとする者。鏡は分け隔てなく願いを叶えるだろう。
そう、鏡は願いを叶える。そのためだけに在るのだから。




