第75話 雨上がりに追う
見開かれていた瞳孔が収斂する。気付くと白尾の姿はなくなっていた。
息を吸って、吐く。少しむせる。——大丈夫、生きていた。そんな初歩的な生存確認が必要なほど、巴は外界と一時的に隔絶されていた。
ひとまず周囲を確認した後、ガラス張りの壁から外にも目を向ける。
(————え?)
階下に望む駅前の景色の中に、会いたかった人らしき姿を見た。
あれは——。
(皇くん、だよね……?)
ここからでは距離があるが、多分そうなんじゃないか。予断が確信へと変わり、まず感じたのが安堵。
(よかった。いた——)
状況からみて、白尾を追っているのか。次に巴は焦りを覚える。
(いけない、早く追わなくちゃ——)
ここまできて見失うわけにはいかない。階段を駆け降りて、皇がいた場所へと急ぐ。路面が濡れているため、幾度か足を取られそうになった。それでも、皇が進む方向が分かっているうちは後を追っていける。
そう、分かっているうちは。
(あ! 曲がった?)
道なりにまっすぐだった皇の進路が不意に変わり、その姿が視界から消える。距離は徐々に縮まっていたが、まだ遠い。
「皇く————」
慌てて名前を呼んでみるが、歩道のすぐ隣の車道を大型車が通り過ぎ、重厚な走行音に遮られた。水飛沫が靴を濡らす。
(待って待って——)
息を切らしながら皇と同じように脇道に入り、そこで巴は言葉を失った。
「————う」
いない。
視界に入ってきた路地は住宅街の一角といった様相で、ここからさらに道が細分化している。整然と区画整理された街並みは今の巴には疎外感が強く、寄るべのない心境が映し出されたかのようだ。
こうなったら、手前から手当たり次第に曲がり角を覗いてみるしかない。皇の背中が見えたら当たり。見えなかったら次。次。次——。
「————そんな」
行き止まりにきてしまった。さすがに絶望の色が濃い。皇の姿を見失ってから経過した時間を思うと焦りが募る。
でも、まだだ。まだ諦めない。巴は探索を深化するべく前を向く。
そんな時——。
「————!」
——いま。かすかに、何か聞こえたような。
誰かの声。
誰かが、誰かを呼んだ声——?
(この声、もしかして——)
思わず声が聞こえた方向を凝視する。建物に阻まれ、何が見えるわけでもない。でも、ここから回り込めるんじゃないか——。巴は走り出しながら、自分も大声で呼べば気づいてもらえるかもと思う。
思ったが、逆に避けられてしまう可能性もあるかと思い直し、喉まで出かかった声を飲み込んだ。
そこから、どこをどう進んだかなんて分からない。声がした方へ。記憶と距離感だけを頼りに無我夢中で声の主を探し、たどり着いたその先で。
三船巴は地獄のような光景を見る。




