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第64話 半分の月が消えた空

 みんな死ねばいい。——そんなこと考えてもいないはずだった。だけど、一夜にして世界の全てが死んだ。私の願いで。


 ——やけにリアルな夢だった。いや、あれは本当に夢だったのか? でも、目の前にある現実が何よりも雄弁に物語っている。あれは夢だと。でなければ、この現実はありえない。何も知らない巴は安心する。そうだ、あんな簡単に世界が滅ぶわけがない。願いを叶える鏡なんてあってたまるか。


 巴は忘れていた。願いとは叶えてもらうものではなく、自分で叶えるものだった。それをこの期に及んで思い出す。正直、今すぐ死にたい気持ちもある。だけど、負けちゃダメだ。まだ戦える。もう少しだけ頑張ってみよう。それでダメなら、その時に——。


 視線の先には小野がいた。そういえば、彼に何か言われたような? 何やら顔が赤いけど……。

 はっ。まさか。

 このシチュエーション、こくは

「ハンドタオル。今度返すから。

 ——あ、洗ってあるから!」

 それだけ言って、小野は足早に去っていった。


 ああ、そうだった。今度は巴の顔が赤くなる。恥ずかしい。帰ろう。

 スマホで時刻を確認すると、夜の12時が迫っていた。


 ——いけない。魔法がとけちゃう。ではなくて。

(お母さんにバレてないといいなあ)

 それは切なる願いだ。さっきは偉そうなことを言ったが、こればかりは他力でしかない。


 と、そのタイミングで、皇からLINEが来ていたことに気づく。受信したとされる時刻は16時過ぎ。

(今、気づいた——)

 慌ててトーク画面を開くが、内容は簡潔だった。


<僕がなんとかします。先輩に嫌われても、僕はずっと先輩が好きです>


 ——相変わらず、優しい。そしてまっすぐだ。胸の奥が締め付けられる。拒絶するような言葉をかけたのに。


 だが、そう感じた反面、一抹の不安もよぎる。「なんとかします」——その言葉が引っかかった。突き放したことで、追い込んでしまったかもしれない。彼の責任感の強さはこの数日間で身に染みて分かっているつもりだ。


 思えば、あの部活の大会の時も。皇が出場することで、部内の誰かが出られないのは当然のことだ。出場枠は有限だから。そこには競争があり、その結果がある。だからこそ、出場する者には責任がある。出られない仲間の分まで、力を尽くす責任が。しかし、皇は遅刻し棄権となった。責任を果たせなかった。


 彼が一番気にしていたのはまさにそこだった。自分の出場機会どうのこうのではない。みんなに申し訳ないと。そう繰り返して、涙を堪えていた。


 ——そして今、皇が何をしようとしているか、巴にはだいたい想像がつく。白尾が撮影したデータの回収、あるいは消去を遂行しようとしているのではないか。他でもない、巴のために。


 嫌な汗が流れる。思い出したくもない記憶。一瞬で脳内が虚無になる。それを、他人事のように捉えることでなんとか意識を取り戻す。ああ、でも、どうやって——。

(どうやって、皇くんは——)

 彼が具体的にどうするつもりなのか、そこまでには思考が至らない。

(ダメだ、頭の中がぐちゃぐちゃだ)

 目眩のように平衡感覚がおかしくなり、見慣れた景色が急に頼りなくなる。


 言いようのない不安。分断された思考回路。記憶の取捨選択ができたらよかった。どうしても心が悲鳴を上げて、考えがまとまらない。


 公園の向こうの空では、月が真っ暗な木々に飲まれるように沈んでいた。

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