第63話 遥か遠き理想郷
彼女の願いは叶えられた。小野救世は間に合わなかった。いや、間に合ったのか。彼は願いを叶え、感謝の言葉を紡げたのだから。
二宮皇。彼こそ間に合わなかった。彼女は辱められてしまった。だが、責めるべくは彼ではない。滅びの元凶となったのは間違いなく白尾爽悟の卑劣な蛮行であり、滅びを願った張本人は三船巴であり、その願いを叶えたのは鏡であった。
鏡の機能に不可能はないのか。多少のタイムラグこそあれ、大局的には滞りなく世界は終わった。
終わる世界の中で、彼女は夢を見ていた。長い長い胎児が見る夢。世界を滅ぼした罪。自我は失われ、地球の記憶に塗り潰される。その過程で、彼女は見た。ありふれた悪夢。一人の少女の生涯を。
その幼い少女は戦火の中を懸命に生きていた。父は徴兵されて帰らず、母は目の前で見知らぬ兵士に嬲り殺された。呆然としていたところをレジスタンスに助けられたが、その際に爆風で聴力を失った。
それでも少女は世界を呪いはしなかった。自分が不幸かさえ分からず、夜になれば大好きな月を眺める。少女にはそれしかなかった。月だけが少女を慰めてくれた。
◇
おそらのまあるいまあるいつきをみている。おばあさんからおそわったおつきさまのはなし。つきにはむかし、たくさんのヒトがすんでいて。みんなケンカもしないで、なかよくくらしていたんだって。
いいなあいいなあ。おつきさまはいいなあ。わたしもおつきさまのひとがよかったなあ。でも、いまはおつきさまにはだあれもすんでいないんだって。それはね、どうしてかっていうとね——。
かがみに、せかいがなくなってほしいって、だれかがおねがいしたんだって。ヤダね。
そんなおねがいぜったいヤダなあ。
だったら、わたしは——。
◇
世界が滅んだ時、鏡にはまだ叶えなければならない願いが残されていた。鏡に記憶などないが、その身に姿を写し、願いを口にした者の『記録』は残っている。
それを願ったのは、内戦が続く国に生きる少女だった。彼女には世界が滅ぶことが分かっていたのか。
その願いは、今叶う。
◇
——だったら、わたしはかがみにこうおねがいしようっと。
もしも——。もしも、せかいがおしまいになったなら——。
そうなったなら、どうか、もとにもどしてくださいって。
◇
三船巴。蝶よ花よと育てられ、何不自由なく与えられてきた彼女にとって、世界に強い未練はなく、また執着もなかった。いや、正確に言うならば、絶望を上回るほどの未練や執着がなかった。突発的な破滅願望に逆らえず、それは鏡によって実現された。
だが、彼女の一世一代の過ちは、とある少女の願いによって救済、是正、修復された。
世界を滅ぼした少女と世界を救った少女。時代も国も遠く遠く離れ、2人に接点は見出せない。しかし、その目、その瞳で。
少女たちは、同じ月を見ていた。




