第59話 闇夜月夜/不倶戴天
昔から、月を見るのが好きだった。自室から窓の外を眺めると、もちろん季節や時間帯にも左右されるが、見たい時に見えることが多かったから。
それは言ってしまえば印象であり、実際のところは分からない。自分がそう感じていただけかもしれない。だけど、月を見ているとそれだけで心が安らいだ。そして同時に、無性に切なくなって郷愁を覚えることもある。これは不思議な気持ちだったが、好きな感覚だった。
星々を従えて威容を誇っている時も、雲の谷間から薄明かりを零しているだけの時も、私は等しく月を見ていた。
すごく幸せな気分の日も。辛く苦しいことがあった日も。
——そうして今夜も、三船巴は月を見ている。
◇
これからどれだけの絶望を重ねれば、あの人に届くのだろう。そんなことを考えてしまう。誰もが羨む顔立ちと。沈んでいる時に手を差し伸べてくれる優しさと。友人を想いやる気概を持ち併せた人だった。
誰より美しく、誰より眩しく、誰より好きな——その顔が、しかし苦渋に苛まれていた。憔悴しきった泣き顔。精巧に作られた笑顔。悲しみの感情すら失った貌。
————いいのか、それで?
————許されるのか? そんなことが。
自問自答に意味はない。答えは分かりきっている。
(——許されるわけないだろう!!)
巴の家からの帰路、皇は行き場のない怒りを抱えながら歩く。
——行き場のない?
いや、行き場はある。許すわけにはいかない奴がいる。握った拳が震える。ああ、そうだ。許せない。殺さなければすまないくらいに。
どうして三船先輩を傷付ける。なぜ先輩が心を殺されなければならない。白尾は笑っていた。なぜだ。おかしいだろう。絶対に間違っている……!
静かに怒りが渦を巻いていく。心がたった一つの感情に支配される。
煮えたぎるような怒りだ。
——殺そう。もう決めた。殺すしかない。あいつは生きてちゃいけない。
人殺しになったら先輩の彼氏ではいられなくなる。バレないような手段を考えてもいいが、それは多分難しい。何より先輩に嘘はつきたくない。だけど、大丈夫だ。
——私なんかやめといたほうがいいよ。
そう、先輩は言った。拒絶の言葉。涙が出そうになるが、堪えた。でも堪えた。
——別れましょう先輩。おれの方こそ、先輩に相応しくなかった。だって、これから人を殺すから。
それが誰に望まれないことだもしても。誤った思考なのだとしても。他の誰でもない、誰よりも自分がそうせずにはいられないから——。
三船先輩。短い間でしたが、今までありがとうございます。楽しかったです。最高に幸せでした。
——思い出に封をして、静かに感謝と別れを告げた。そうして皇は前を向く。いや、もとより前しか見ていない。
(——おれは、あいつを殺してきます)
このままじゃ、誰も裁けない。だから。
(——だから、おれがやるんだ)
駅前の雑踏の中、誰でもない、自分自身にそう誓った。




