第54話 残された2人
視聴覚室に取り残された2人は、現実からも取り残されたようだった。信じられないことがあり、信じたくないことがあった。夢か現か。その境界すら曖昧になるほどに。
全部夢だったんじゃないか。——いや、そうじゃない。皇は目を背けたくなる気持ちをぐっと抑え、現実と向き合う。しかし。
(——どうしたらいいんだ)
皇の頭の中は真っ白になっている。自分は先輩を瞬間的に助けただけで、全然助けられていなかった。写真が。データがあると白尾は言っていた。あまりに残酷で重い宣告。皇は呆然となり立ち尽くしてしまう。
(先輩は——)
こんな時、どんな顔をしたらいいのか分からない。それでも、皇は巴の方を向く。
巴は乱れた身なりを整えていたが、皇の視線に気付くとバツが悪そうな顔になり、ぎこちない笑みを見せた。
「——皇くん。ありがとね」
明らかに無理をしている。哀しい笑顔。震えそうな声。分かる。分かってしまう。巴の絶望も。自分の無力も。痛いほどに。
「先輩。——頬が」
今になって気付いたが、巴の左頬が不自然に赤い。
(まさか——殴られて?)
巴は赤みを帯びた頬を隠すように押さえて俯いた。
「もう、ほんと最悪……」
皇は巴に歩み寄る。彼女は虚な目をしていた。
「死にた……くはないけど、死にたい……」
「先輩……」
もしも許されるなら、そっと抱き寄せて少しでも安心させてあげたかった。自分がそれに値する人物ならば。だが、今の皇にその資質があるのかは皆目見当もつかず、ただ見守ることしかできない。
「皇くん……」
巴が顔を上げる。泣きはらしたような顔を。
——その目は。頬は。口元は。
だけど、どうしようもなく美しかった。
◇
「先輩……」
皇は思わず巴の肩に手をかける。びくっと華奢な身体が震えた。
「あっ。すみません……!」
慌てて手を引っ込めるが、もう遅い。自分の迂闊さを呪う。さっきまで白尾から辱めを受けていたんだ。気安く触れていいわけが——
「皇くん」
ふわっと。突然に。皇の胸に巴が顔を預けてきた。そのまま寄り添うような体勢になる。
「————」目を見張る皇。
「ぎゅってして」巴の声は小さい。
そして皇はすぐには反応できない。
「ぎゅってしてよ」
「でも、先輩……」
「皇くんになら触られてもいい。どこでも、ぜんぶ。皇くんに——してほしい」
「————え」
「ぎゅってしなさい」
「はい」
できる限り優しく、皇は巴の背中に腕を回す。大切なものがこれ以上、誰にも傷つけられぬように。そっと、そっと。優しさで包み込むように。
世界の全てから守りたくて。ただ、それだけが皇の願いで。
だから、どうか、どうかこのまま——。




