第52話 右ストレートでぶっとばす
ガタガタッという音がして、一瞬浮いた白尾の身体が机や椅子にぶつかりながら倒れていく。性犯罪者が床を這う。
巴は立ち上がれず、座したままの体勢で必死に皇に訴えた。
「皇くん……ダメだよ……。皇くんが、人を殴ったら……!」
その声で、皇は少し冷静になる。だが、冷静に怒っていた。
「——人? こいつが、人? 人の形をしているだけです」
「でも、殴っちゃ……」
「無理ですよ、そんなの」
皇の声は震えていた。
「え?」
「言いましたよね? 先輩に何かあったら、何するか分からないって。
ていうか、それ、先輩の本心じゃないですよね? 僕に人を殴ってほしくないから言ってるだけで、僕のためだけですよね。
——先輩。僕のことはいったん置いといて。先輩は、どうしたいですか?
——こいつを」
「——こいつを?」
わたしは、こいつを——。
忘れたくても忘れられない。今まさに受けた屈辱。悪夢のような現実。無理やり唇を奪われ、頬を叩かれ、下着を剥がされ、そして——
自然と涙があふれてしまう。止まらない。止められない。無理だ。ごめん皇くん。
私——
「そいつを、ぶっとばしたい……!」
よし、と皇は頷いた。その目は嘘のように優しい。
「じゃあ、危ないから僕が代わりにやりますね」
こくんと静かに巴が頷き返すのを見て、皇は白尾の横腹を足で小突く。
「起きろ。——寝てても罪は軽くならない」
「ってえな……」
舌打ちし、のそのそと緩慢に白尾が立ち上がる。目が合うや否や、皇は先ほどよりも力を込めて——
「これは先輩の分だ」
強く鋭く、右の拳を唸らせた。




