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第48話 残酷な教師のテーゼ①

 素晴らしい。実に素晴らしい。泣き顔も。嗚咽も。芳香も。こんなに間近で味わえるなんて——とくに怯えた表情が眼福ではないか。もちろん恍惚や恥じらいよりは劣るものだが、彼女生来の美貌が下地にあるからこそ、涙や鼻水が彩る醜さすらいい味を出している。有無を言わさぬ絶対的なリアル。新鮮さ極まる生の表情。そそる顔。極上の禁断の果実が、そこにはあった。

 白尾は当然むしゃぶりつく。

「んんーーっ!?」

 驚きに目を見張る巴。嗚咽を漏らし半開きとなっていた彼女の唇が狙われた。巴の唾液を我が物とすべく白尾の舌は蠢き、乙女の口内を蹂躙し、乱暴な接吻が続く。最初は涙か鼻水でも混じったのか塩の味がしていたが、徐々に少女本来の味わいを感じられるようになってきた。何か大事なものを根こそぎ吸い尽くせるかのような、妙な征服感が全身に滾る。

 次第に巴の抵抗が弱くなり——

(——堕ちた、な)

 そう白尾は確信した。いや案外あっけなかった。よもや俺には才能があるのかもしれない。そして白尾は——

 少女の紺色のブレザーから、その内側へ——無地のブラウスへと手を這わす。


    ◇


 これまで襲われたことのない虚無感と表現しようのない嫌悪感。その身に起こったのは、巴を一瞬で絶望させるには十分すぎる出来事だった。

 こちらの心を抉り、萎縮させ、支配下に置こうとしている。それは分かっている。分かっているのに、涙が止まってくれない。


 顎のほかに右肩まで成人男性の力で固定され、抗おうにも難しい。無力感に苛まれ、心が折れそうになる。だが、その後の口付けが——

 巴の身体に、全神経に、電気を流した。

(ちょ、は、初めてだったのに……!)

 いくら顔が良くても、やっていいことと悪いことがある。ひどすぎる……! 急速に怒りが込み上げてくる。しかし。

(くううう……)

 反撃をしようにも、腕に、足に力が入らない。そうこうしているうちに、白尾の左手が巴の胸へと伸びる。次の瞬間——

(この、変態……!)

 恐怖と激情で震える両手で、巴は白尾の頭髪を——思いきり、引っ張った。


「いっつ!」

 白尾が怯んだ。すかさず巴は視聴覚室の出入り口まで一心不乱に走る。鍵を。鍵を開けないと。

「君ねえ……。知らないのか?」

 もう白尾が詰め寄ってくる。早く。早く鍵を。手が震えていて役に立たない。こんな簡単な鍵が開けられない。手こずっている場合じゃないのに。ほんの数秒だけ得られた猶予。それはあっけなく失われた。

「髪を引っ張ったらなあ、痛いんだぞ!?」

「————ッ」

 白尾が巴の長い髪を捉え、仕返しとばかりに引き寄せる。短い悲鳴を上げながら、巴はバランスを崩してよろけた。先ほどから声がうまく出せない。

(ショックで声が出なくなるって、本当にあるんだ——)

 変なところで冷静になるが、状況は変わらず悪い。たとえ声を出せたとしても、よほどの大きさでなければ視聴覚室の防音性能に阻まれてしまうだろう。しかも、校舎の端だけあってまず人が近付く場所ではない。

 だけど、声を出す意味がないわけじゃない。巴はスカートのポケットに入れたスマホを握る。

(ああ、だけど——)

 やっぱりダメかもしれない。声を出しにくいのもあるが、なにより乱暴に髪を掴まれて身体が強張り、白尾に悠々と抱き寄せられてしまった。

「三船。服を脱ぎなさい」

 背後から、一転して優しさに溢れた声を聞く。諭すような声音だが、言っている内容は脅迫だ。髪は片方の手で強く握られたままで、白尾の気分次第で断続的に痛みが加えられる。


 ——心が、死んでいく。痛い。もうやだ。辛い。

 抗う気力すら喪失し、ただこの場が終わりさえすればいいと願う。


 涙と鼻水で汚れた顔で、ぐすんと何度もしゃくり上げながら。

 巴は言われるがままブレザーを脱ぐと、胸のリボンに手をかけた。

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