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イマジン鬼ごっこ~最強で最弱の能力~  作者: 白井直生
第四章 競争と狂騒
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第四章9 二度目の殺意

 殺意。このゲームが始まって以来、何度もそれを味わってきた。


 「死ね」だとか、「殺すぞ」だとか、口で言うのは簡単だ。だが、日常生活の中で実際に殺意を抱ける人間はほとんど居ないだろう。

 相手に何をされたとしても、それは基本的に『怒り』で止まってしまう。それを『殺意』――本当に『殺してやろう』と思い、その方法を考える――そこまで発展させることは難しい。


 だが実際に自分の命が懸ってみれば、その境界をあっさりと人は飛び越えることができる。『怒り』を『殺意』に変え、そして実行に移すことが。


 あるいは――自分の命と同じくらい、大切な物が懸っていれば。

 つまり彼女にとってそれ・・は、自分の命と同じくらい、いや、それ以上に大切な物だったのだろう。


 それに気が付くのは、いつだって土壇場になってからなのだけれど。


************


 ユウ、リョウカ、ウタネの三人は、相も変わらず無言で歩き続けていた。

 しかし、そこには少し前のような殺伐とした空気はなく、静かで穏やかな空気が流れていた。話す必要が無い。ただそれだけの沈黙だ。


「――うん。調布飛行場まであと三キロか。一回戦闘を挟んだにしては上出来じゃないかな」


 だからその台詞も、ただ必要だったから発されたものである。

 ある程度目的地が近付いてきたので、ユウが地図を確認して状況を報告したのだ。


「じゃあ、一回ミコトたちに連絡を入れておきましょうか」


 そう言って、リョウカも携帯を取り出す。

 ミコトたちも順調に進んでいるのか。合流地点は変更しなくて大丈夫か。あとどれくらいで合流できるか。

 その辺りを、一度確認しておいた方がいいと思ったのだ。


「ん、よろしく。俺はもう一回ルート見とくよ」


 ユウが返事をすると、二人はしばらく無言で携帯を操作する。



「ん? ウタネは何をしてるんですか?」


 そして、メッセージを送り終わったリョウカがそう声を上げる。

 彼女が顔を上げたら、何故かウタネまで携帯を操作していたからだ。


「あ、コレ? いつもの癖でさ。人がケータイ触ってると、自分も連絡来てないかとか確認したくならない?」


 ウタネは笑いながら答えると、携帯をポケットにしまった。


「分からないでもないけど……」

「典型的な現代っ子だな。何も無くても携帯が震えたって勘違いしちゃうタイプ?」

「ああ、うん。それはよくある」


 苦笑するリョウカ、からかうような口調のユウ、あははと笑うウタネ。

 三人はそんな談笑をした後、「じゃあ、行こうか」というユウの言葉で再び歩き出す。


 そう言えば、携帯が震えていると錯覚するのには『幻想振動症候群』なんて中二臭い名前が付いていたな――などと思いだして、それを伝えようとユウは振り返る。


「ああ、そう言えば――」


 それは、幸か不幸か、どちらだったのだろう。

 いや、振り返らなければ――


「――リョウカ!」


 彼女が消えていた。そう考えれば、その行動は正解だった。

 ユウは、彼女を守るべく咄嗟に動く。我ながらよく動いた、とユウは思った。目の前の光景は、それだけ衝撃的だったから。


 リョウカの左腕を左手で掴み、思い切り引っ張る。

 彼女の身体はユウの方へと引き寄せられ――その場所を、二つの右手・・・・・が通り抜けて行った。


 危うく消されるところだったリョウカを助けることができた。それは間違いなく幸いだった。

 だが、助けられた彼女が見た光景――それはおそらく、彼女にとって最も残酷で不幸な光景だっただろう。


「――どういう、ことだ」


 ユウはそこに居た二人・・を睨みつけて、低い声を出す。


 一人は、一度勝利し停止させた『すり抜け男』だった。彼の動きを見るに、またぞろ建物をすり抜けて飛び掛かって来たようだ。

 彼がここに居るのはもちろん驚きだ。一度停止させたまま放置したのだから相当距離が離れていたはずだし、まずもってユウたちの居場所が分かるはずがない。


 だが、もう一人の方はもっと驚きだった。驚きなどという言葉では足りない程に、色々な感情が含まれているが。


 どうして彼女・・は、こちらを向いて身構えているのか。

 何故、その男と並んでいるのか。

 何故リョウカを――無二の親友・・・・・を消そうとしたのか。



「なんで――ウタネ・・・



 信じられない、という様子のリョウカの声が、ユウの隣から発された。

 震える声、揺れる瞳。ユウの横でへたり込む、リョウカの目に映っていたのは。


 『すり抜け男』と肩を並べ、こちらに敵意に満ちた視線を向ける――ウタネの姿だった。


***************


 何が起こっているのか、分からない。

 気が付けばユウに腕を引っ張られていて、ああそう言えば少し前に逆のことがあったなとデジャブを感じたりしていた。


 そんな気の抜けた頭の中は、次の瞬間に見えた光景に吹き飛ばされた。


 自分がさっきまで居たその場所を、二つの右手が通り抜けるのを見た。

 どちらも見たことがある人間の手。一度戦った男と――今まで、一緒に居たはずの少女。


 一度は壊れたが、彼女の行動によって再び結ばれたはずの絆。

 それが粉微塵に消え去る音が、リョウカの耳に聞こえた気がした。


「なんで――ウタネ」


 問いかける声はどうしようもなく震え、視界が不自然にぼやける。口の中はからからに渇き、臓器がいくつか抜け落ちたかのような空虚な感覚がリョウカの身体を蝕む。

 ユウに引っ張られへたり込んだ体勢のまま、リョウカは立ち上ることすらできそうになかった。力は通わず、心は空回りし、頭は働かない。


 目の前の光景を、敵意に満ちたその視線を、全身が認めまいと拒んでいた。



「ちっ――今のタイミングで振り向くとか、どんだけ悪運強いんだよ。会話、完全に終わってただろうが」


 男の方が苛立たしげな声を上げた。

 改めてこうして見ると、粗野な印象の強い男――有体に言えばヤンキーくさい男だ。着崩した制服、坊主頭には剃り込みが入り、目付きは悪い。


「ホントに。今ので消えてくれれば――楽だったのに」


 その男の隣で、ウタネはそう声を発する。一段低くなった声には黒い感情が籠っていて、その一音一音がどうしようもなくリョウカの心を突き刺した。


「なんで、ウタネ」


 リョウカは、力なくもう一度繰り返す。

 いくら考えても分からない。彼女はリョウカのことを身を挺して守ってくれて、一緒に戦ってくれて、これから失った時間を取り戻すはずで。

 「自分を消してもいい」とさえ言って許しを乞うた彼女が、一体どうして。


「『なんで』?」


 ウタネは縋るようなリョウカの問いかけを、オウム返しに呟く。

 その声音は低く、敵意と怒りに満ちていて。

 そして彼女は、それらを全て吐き出した。


「なんでも何も――私の気持ちはあの時から変わらない。先に裏切ったのはリョウカの方だよ。『許してほしい』なんて、嘘に決まってるでしょ? 許さないのは、私の方なんだから」


 彼女の声が、彼女の視線が、リョウカの心を深く傷付けていく――否、既にあった傷に、無造作に入り込んで押し広げていく。


「あの時、私言ったよね。私の代わりに夢を叶えてって。私に無い物を、才能をリョウカは持ってる。だから、リョウカに夢を託すって。それなのにリョウカは、私の思いを踏みにじったんだよ」


 許せると思う?

 ウタネはそう言う。だがそれは、無茶苦茶な論理だ。リョウカはリョウカで、ウタネはウタネだ。たとえリョウカが代わりに歌手になったって、そこには何の意味も無い。


「言ってることが滅茶苦茶だ、お前の夢ならお前が叶えるべきだろ」


 耐えかねたユウが口を挟んだ。

 それは正しく正論で、あの日リョウカが口にしたのと同じ言葉で。


「だから、それができたらっ……」


 そしてやはり、ウタネの感情の堰を切る言葉となった。

 言葉がつかえる程の感情がウタネから溢れ、吐き出されたそれに遅れて言葉が追従する。


「それができたら、こんなことになってない! 人には才能っていうものがあるんだよ! それはリョウカにはあって、私にはない! 私だって努力したよ! 練習だって沢山した! それでも、認めてもらえなかった。認められたのは……リョウカだけ……っ」


 怒り、悲しみ、妬み、苦しみ、憎しみ――あらゆる負感情がないまぜになった声で、ウタネは叫ぶ。感情が溢れ、声が溢れ、涙が溢れる。

 そしてしばらく黙り込み、感情の波が過ぎ去るのを待っていたようだ。それから努めて落ち着いた声で、しかしやはりまだ震えている声で、ユウに向かって告げた。


「平凡な人間が、分不相応な夢を見た。それが叶わないって思い知ったから、叶えられる人に託した。それの、どこがいけないって言うの?」


 ユウは、口を開きかけて止めた。自分が何を言っても、彼女は絶対に聞く耳を持たない。もうずっと昔に彼女はそれを捨てたのだと、理解したから。



「もういいだろ。さっさと消しちまおう。ソイツ、動けないみたいだしな」


 会話が途切れたのを見て、すり抜け男改め剃り込み男がウタネにそう言った。

 『ソイツ』と顎で示されたリョウカは、未だにへたり込んだまま、動く様子が全くない。ただ呆然とウタネを見るともなく見つめ、その目からは涙が一つ、また一つと零れ落ちていた。


「……うん、そうだね。もう……終わりにしよう」


 そんなリョウカを見た後、ウタネは目線を下に落してそう呟いた。


「俺が黙って見てるとでも思うか?」


 そう言って、二人とリョウカの間を遮るようにユウが進み出る。左手に、硬貨を核に創り出した刃を携えて。

 ウタネがそれを聞いて、大きく舌打ちをする。ユウに対して向けられた感情は、殺意だけだ。


「あんた、本当に邪魔だね。私たちの能力知ってるでしょ。無駄な抵抗って分からない?」

「ああ、分からない。分かってないのはお前たちの方だっていうことしかね」


 吐き捨てるようなウタネの台詞に、ユウもまた怒りを込めて煽るようにそう返す。


 二人が、同時に動いた。


 ウタネが一歩踏み出すと同時、ユウは左手の武器を横薙ぎに振り抜く。

 それをウタネは左手で受け止め――


「っあ゛!?」


 ユウの刃が、その上半分を斬り飛ばした。

 痛みに苦鳴を漏らしながら、ウタネは跳び退って距離を取る。


「なんで――!?」


 ウタネはぼたぼたと血を左手から零しながら、驚愕の声を上げる。

 彼女が驚くのも無理はない。彼女の能力『能力無効』の前では、あらゆる能力が意味を為さないはずなのだ。


「お前の能力は、あくまで『触れられた物に掛かった能力を解除する』ものだろ。俺のこれは能力そのもの・・・・・・だ。お前の能力の対象外なんだよ」


 彼女の驚愕に対する答えをユウは告げる。

 彼女の能力を聞いた時から、ユウはそれを予測していた。そして予測は見事的中し、彼女は消えると思った刃に切り裂かれたのだ。


 話している横から、剃り込み男の方が飛び掛かってきた。二人居るのだから、悠長に待ってくれるはずもない。

 予想通りのその動きに、ユウは冷静に対処した。『接続』を切り替え、それを男に向かって振り抜く。


「ぐっ!?」


 そして男もまた、彼の予想に反してダメージを受けた。彼の能力――ユウは勝手に『物質透過』と呼んでいるが――は、『触れた物体をすり抜けさせる』能力だ。


「高圧電線――すり抜けるなら、触れずともダメージが入るようにすればいい」


 ユウは自分の『接続』の正体を明かす。ユウの左手から伸びたそれは、強力な電気を纏っているのだ。線がすり抜けようが、電気の方が男を襲う。


 ――直前にあの電気を食らったのが役に立った。

 ユウはその巡り合わせに感謝する。


「能力が分かってれば、対処の仕方なんていくらでもある。分かったら大人しく引き下がれ。そんで俺たちの前に二度と現れるな」


 ダメージを負いこちらを睨み付ける二人を見据えながら、ユウはそう宣告した。

 しかし――


「はは、ははははっ」


 ウタネは、唐突に笑い出した。その横で、剃り込み男も笑い始める。


「……何が可笑しい」


 ユウは怪訝な顔で詰問する。しかし彼は二人の笑いの理由が薄らと想像できていて、内心では冷や汗をかいている。


「馬鹿みたい」

「……何が」


 一しきり笑った後、ウタネが冷ややかな笑みを浮かべながらユウに向かってそう吐き捨てる。

 答が分かっているユウの問は端的になり、それだけで負けを認めているようなものだった。


「知ってるぜ。お前ら、誰も消さないんだろ? だからわざわざ脅したりするんだ。違うか?」


 果たして、男が答えた。それはユウの予想通りの言葉で、そしてどうしようもなく図星だった。

 ユウは彼らを消さない。いや、消せないのだ。

 ミコトと約束をしたから。自分でそれを守ると決めたから。


「ホント、馬鹿だよね。そんなので勝ち残れる訳ないでしょ。もしアンタたちがまともに戦ってたら、もう少し長生きできたかもしれないのに」

「――どういうことだ?」


 ウタネは冷たい声と目線でそう語る。その言葉で、ユウは一つ疑問を抱いた。


 思えば、最初に出会ったとき。ウタネが声を上げなければ、あの時点で二人とも消されていただろう。しかしウタネは声を上げ、戦い、わざわざ自分を痛めつけてまでユウとリョウカに近付いた。

 そこにはつまり、何らかの目的があったはずで――


「最初から、アンタたちを利用するために近付いたんだよ。信用させて、宝を集めたところで消すつもりだった」


 それは、男の方から告げられた。

 『宝を三つ集める』のが今回の勝利条件だ。普通にやるなら、最低でも二回は敵を倒さなければならない。

 しかし、仲間を裏切るなら。戦闘の回数は減るし、その戦闘自体も楽になる。


「クズだな……」


 最低に合理的なやり方に、ユウは思わず吐き捨てる。


「……。でもアンタたちが誰も消さないって聞いて、時間の無駄だと思ったの。だからさっさと消すことにした。ケータイで居場所をコイツに教えてね」


 ユウの罵倒を聞き流し、ウタネは種明かしをした。

 男がユウたちの居場所を知り、追いかけて来れたのはそういう仕掛けだったのだ。道理でウタネが度々携帯を触っていた訳だ。


「消されないと分かってる相手なんて、一ミリだって怖くない。大人しく宝を渡すなら、見逃してやってもいいけど?」


「……リョウカ、立てるか?」


 ユウはウタネたちを見据えたままリョウカに問いかける。返事が無いので横目で窺うが――どうにも無理そうだった。完全に茫然自失、動く気配が無い。


「くそっ……宝を渡せば、見逃してくれるんだな?」

「ああ、俺たちも鬼じゃねえからな。宝が手に入りゃ、お前らに用はねえ」


 断腸の思いでユウが念を押すと、男の方がにやけ面でそう告げた。

 ――仕方がない。宝を手放すのはかなり痛いが、命には代えられない。

 自分の宝をブレザーのポケットから取り出し、リョウカのぶんをと考えて彼女を見る。彼女は動く気配が無く、そもそも今の会話がまともに聞こえているかすら怪しかった。


「リョウカ」


 しゃがみ込み目線の高さを合わせても、リョウカは茫洋とウタネを見つめるばかりだ。ユウは少し逡巡したあと、「悪い」と言ってリョウカのブレザーのポケットに手を突っ込んだ。

 そして目的の物を見つけると、自分の物と合わせて二つ、両手で持ってウタネに差し出す。


「ほら、これで全部だ。これを持ってさっさと行ってくれ」


 ユウが諦めの言葉を発すると、ウタネがユウに歩み寄って手を伸ばす。そして――



 左手で、ユウの右腕を掴んだ。



「しまっ――」


 右腕を取られた。そしてウタネの能力を考えれば、ユウはおそらくこの状態で能力を使えない・・・・・・・。ユウの能力は、触れた物体と自身を繋ぐ。つまり自分に能力が掛かっている状態だと解釈できるからだ。


 右手も左手も封じられ、目の前でウタネはニヤリと笑っている。


 ――やられた。


 慌てて宝を手放し反撃に出ようとするが――これは、どうにもならない。

 ウタネの右手が容赦なくユウに向かって伸び――


「!」


 その間に、マフラーが滑り込んだ。

 ユウとウタネを隔てたそれはカッチリと固まり、ウタネの右手の進行を阻む。


 驚いて振り返ると、マフラーを左手で振るったであろうリョウカの姿がそこにあった。


「あああああっ!」


 そして雄叫びを上げ、ウタネに向かって飛びかかり――彼女は、右手・・を振り下ろす。


 間一髪のところで身を逸らしたウタネは、距離を取ってリョウカを睨んだ。

 リョウカもまた彼女を睨み、荒く呼吸をしている。


「リョウカ――!」


 呼び止めるように声を発するユウだが、その声は彼女に届いていないようだった。


「もう、許さない」


 リョウカはウタネを見据え、歯を食いしばりながら唸るように声を出す。


「ウタネ――あなたは、ここで消す」


 それはリョウカが、このゲームで抱いた二度目の感情。

 駄目だと知りながら、もう一度起こした行動。



 彼女は、無二の親友だと思っていた相手に、どこまでも悲しい『殺意』をぶつけるのだった。

無事連載再開しました。

後で活動報告に今後の予定など上げます。

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