第四章8 三人の道行き
街は静かだった。参加者以外に誰も居ないのだから当然なのだが、こうして黙々と歩いているとその静けさが妙な緊張感を生んでいた。
合流地点が決まり、ユウとリョウカ、それにウタネの三人は、そこに向けて行軍を続けている。最初の方はユウとリョウカの能力の説明をしていたが、それが終わると徐々に会話は無くなっていった。
リョウカとウタネは久しぶりの再会なのだが、例の一件のせいでお互い未だに接し方を決めあぐねていた。昔のように振舞うには、再会が唐突に過ぎたのだろう。
一応和解らしき話はしたものの、リョウカも言った通り、二人の間には消せない記憶が残っている。
思い出話に花を咲かせるとうっかり地雷を踏みかねないので、結果として沈黙したまま歩き続けている次第だ。
「けっこう歩きましたけど……今、どの辺りでしょう?」
しかしその静けさに耐えかねて、リョウカが口を開く。
するとユウはケータイを取り出し、地図アプリを起動する。
「今五キロくらい歩いたところだな。あと十キロ以上残ってる」
画面を確認して答えるユウに、「そうですか」とリョウカが返し、それで会話は終了してしまう。
ユウも元々口数が少なく、気の利いた会話なんてものはあまり期待できない。
騒いで他の参加者に見つかるのもまずいので、静かなのは悪い事ではない。ただ、やはりどことなく気まずさが前提としてあるので、誰も彼もが居心地が悪かった。
「そう言えば、宝で順位も確認できるんですよね? そっちは今、どれくらいなんですか?」
再びリョウカが口を開けば、やはりユウがごそごそとポケットをまさぐって宝を取り出す。
「二千六百四十三位……あ、今二千六百四十二位になった」
取り出したそれを強く握りしめると、赤色の矢印と、金色の数字が宝のすぐ上の空中に浮かび上がった。それを見ても流石にもう欠片も驚かないが、示された内容の方が問題だ。
赤色の矢印は進行方向から見てほぼ九十度左を指し、数字の方はユウが読み上げた通りだ。
「大丈夫でしょうか……早く合流してゴールに向かわないと……」
それを聞いて、リョウカは不安をこぼす。生き残れるのは六十四人だけ。現在の順位だけを見ると、出遅れている感が否めないが――
「いや……今話してる間に、もう二千六百四十位まで上がってる。誰かが消されたか、ミコトたちが退場させたのか……どちらにせよ、ゴール付近でまた潰し合いが起こるはずだ。素直に喜ぶことじゃないけど、この順位はそこまで絶望的ではないと思うよ」
おそらく、ゴールまで辿り着ける人数はそこまで多くない。道中で他の参加者と出くわすことだってもちろんあるし、辿り着けたとて宝を三つ揃えなければ勝ち上がれない。
第三ゲームのエイタとトワのように、次のゲームを見据えてゴール近くで待ち構えていることも考えられる。
「焦らないのが大事だな。行動は素早く、でも慎重に。とにかく、ミコトと合流するしかないんだから」
言い聞かせるように、ユウはそう語る。いや、実際それは言い聞かせる言葉だ。リョウカと、そして自分自身に。
もちろん、ユウだって不安だ。今回は六十四人に入れないというだけで、消失が待っている。
だが、だからと言って他に何ができる訳でもない。
他の参加者を消さずに勝ち残る。その信念を守るためには、ミコトと合流するしかないのだ。
「……そうですね」
ユウの言葉に、リョウカは頷いてそう答える。
漠然とした不安に怯えているより、足を動かす方がずっと建設的だ。
――ユウが居てくれてよかった。
この状況やこれまでのこと、そしてウタネのこと。いろいろと彼に助けられてきたとリョウカは気付いて、そんなことを思った。
「えっと……一つ聞いていい?」
と、しばらく黙っていたウタネが口を開いた。
二人が目線で先を促すと、彼女は問いを発した。
「その、ミコトくん? と合流するのがそんなに大事なの? 滅茶苦茶強いとか?」
「いや、激弱だよ」
問いかけられた内容を、ユウはノータイムで否定した。強弱だけの話で言えば、間違いなく最弱に近い。運動もできなければ頭の回転も遅く、そして能力は戦闘で役に立たない。
「じゃあ……」
なんで、と問を重ねようとするウタネに――
「でも、他には無い能力を持ってる」
ユウは、凛とした口調で断言した。
ミコトの能力は、他に替えの利かない唯一無二の能力だ。少なくとも、ユウはそう思っている。
「他にはない? それは……」
尚も問いを重ねようとしたウタネの言葉は、そこで途切れざるを得なかった。
「「後ろ!」」
何者かが、武器を持って襲い掛かってきたからだ。
少し前を歩いていたユウだけが二人を振り返っていて気付かなかったのだが、リョウカとウタネは声を揃えて警告を発することができた。
男だ。長めの金髪を躍らせる、『俺はヤンキーだ、文句あるか』と言わんばかりのその男は、おそらく建物の陰に隠れていたのだろう。
ユウが振り向いた時にはもう、武器を振り上げて攻撃準備万端の体勢だった。
かろうじて反応したユウは、一般人としては割と超反応な速さでそれに応戦していた。
ポケットに手を突っ込んで小銭を取り出し、素早く能力で得物を創り上げる。
「ぐっ――」
ユウの防御は間に合っていた。男が振り下ろした角材らしき物体を、左手から生える金属の棒でしっかりと受け止めている。
それでもユウは苦鳴を上げた。
「へへっ、痺れるだろ?」
彼の身体を、衝撃が駆け抜けたのだ。
今まで味わったことのない感覚に、ユウは固まる。呼吸すら止まり、直後に全身から力が裸足で逃げ出していく。
――電撃。
男の言葉から、咄嗟にその単語がユウの頭に浮かび上がる。
完全に不意を衝かれたユウに、男は右手を伸ばす。
大して速いわけでもないし、何の捻りも無い動作だ。だが、それを防ぐ右手は言うことを聞いてくれなかった。
迫る右手を目線で追いながら、しかしどうすることも出来ないもどかしさをユウは噛み締める。
「――!」
その目線の先――男の右手が、ユウの脇から伸ばされた右手に掴まれたのが見えた。
絶体絶命の危機からユウを救ったのは、ウタネだ。
飛び出した彼女は男の右手を掴み、そして――
「かかったな!」
テンプレートな台詞を叫ぶ男が、そこへ角材を振り下ろす。
男の能力は、おそらく『触れた物体に電気を流す』というものだ。よしんば打撃を防御できたとしても、本命の電撃に襲われる。
その威力はユウが身を以て体感済みで、まともに食らえば数秒は行動不能になる。
そう――まともに食らえば、の話である。
「いったー! アンタ、女の子相手にちょっとは手加減してよ!」
彼女は、振り下ろされる角材を左手で受け止める。
どう考えても『まともに食らった』と言える状況にも関わらず元気に文句を言うウタネに、男は目を見開いた。
ウタネの能力は、男にとって天敵と言えるだろう。『能力無効』によって、本命の攻撃が消え失せてしまうのだから。いや、ほとんどの参加者にとって相手にしたくない能力だ。
そして彼女は今、男の右手と左手の武器、全てを握って離さない。
「リョウカ!」
「『完全停止』!」
無防備になった男のわき腹に、リョウカの左手が突き刺さった。
男はその体勢と表情のまま固まり、間抜けな等身大立像の出来上がりだ。
時間にして十秒にも満たない戦闘は、ユウたちの勝利に終わった。
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「はあ……助かった。ありがとう、リョウカ、セオさん」
ため息を吐き頭を振って意識をはっきりさせながら、ユウは二人に感謝を告げた。
「どういたしまして」
「どういたしまして。ウタネでいいよ、ユウくん」
気軽に返事を寄越すリョウカとウタネだが――ユウにとって、最後に付け足された一言は余分だった。
――『ハナちゃん』『リョウカ』呼びにようやく慣れてきたところなのに、追加でもう一人か。
相変わらず、女子に対する免疫が低めのユウである。
とりあえずできるだけ呼ばずに済ませようと残念な決意を固め、とりあえずその話題は曖昧に笑って受け流す。
「さて――じゃあ、宝を貰ってさっさと行こう」
「そうですね」
ユウの言葉に、リョウカは頷いて能力を掛け直す。前回同様男の身体のみを停止させ、所持品を検めていった。
「あった。これでようやく、全員一つずつか。これはリョウカが持ってて」
「わかりました」
ユウが男のポケットから宝を見つけ出し、リョウカに手渡す。
現在ユウたちの持っている宝は、全部で三つ。ウタネが持っていたものと、例のすり抜け男が持っていたもの。そして今回見つけたものだ。
スタートで出遅れているから仕方がないが、ペースは遅い方だろう。
「えっと……一つ聞いていい?」
それを見ていたウタネが、戦闘前と同じようにふと問いを発する。
やはり同じように目線で続きを促され、彼女はそのまま続ける。
「なんで、その人を消さないの? 意識がぼんやりしてたけど、さっきの男も消してなかったよね?」
「ああ……そう言えば、話の途中だったな」
ウタネの指す『あの男』とは、例のすり抜け男のことだろう。
彼女の疑問に、ユウはそう呟くと戦闘前の話の続きを始める。
「さっき言ってた、ミコトの能力の話なんだけど。アイツの能力は『強制退場』って言って、触れた参加者をこのゲームから除外できるんだ」
説明を聞いたウタネは難しい顔でしばらく黙った後、
「除外……?」
そう言って首を傾げた。
今まで察しのいい連中と戦ってきたので、そこに疑問を差し挟まれると若干困る。
「そう、それでこのゲームから抜け出せる――消えずに済むんだ」
「そんな能力が……」
ユウはできるだけ簡潔に説明する。するとウタネにも理解が及んだようで、彼女は驚きの声を上げた。
「そうなんです。私たちはその能力を使って、誰も消さずに勝ち上がると決めました。……だから、この先一緒に戦ってくれるなら、ウタネは消えずに済むよ」
そしてリョウカが、彼女たちの戦う理由を説明する。ついでに、少し前にユウが吐いた嘘も否定して。
あの時のユウは、ウタネを試すためにその嘘を吐いたのだろう。だが、そこに関してはもう偽る必要も無い。
ユウもミコトの能力を素直に話したのだから、ある程度は信頼しているはずだ。
「そう……なんだ……」
「ウタネ?」
ウタネは納得したような言葉を吐きながら、しかしその顔は相変わらず何か考え込んでいるようだった。
それを疑問に思ったリョウカは、先ほどのウタネよろしく首を傾げて様子を窺う。
「いや、すごいな、と思って。……そっか」
ウタネはようやく表情を戻し、普通の感想を述べる。
しかしリョウカは、その様子がなんとなくおかしいような気がした。
何が、と言われるとよく分からない。ただ、なんとなく。
「だからミコトと合流するまで、俺たちはこうやって、相手を行動不能にするか逃げるしかない。それがコイツを消さないのと、ミコトと合流するしかない理由」
そんなぼんやりとした疑念だったので、彼女はそれを口にすることはできなかった。
リョウカが思い悩んでいる間に、ユウが話を進めてしまう。
「うん、わかった。じゃあ、先に進もっか」
ウタネも先ほどまでの様子はどこへやら、あっさりと頷いてそう進言する。
「だな。目的地まではまだまだある、気合入れて行こう」
ユウが話を締め、再び先頭に立って歩きはじめた。
「――リョウカ?」
「あ、ごめん。今行く」
違和感を拭い去れないリョウカだったが、このままここで突っ立っている訳にもいかない。
ウタネに声を掛けられ、答えながら早足で二人についていく。
「あ、歩きながらでいいんだけど、もう一つ聞いていい?」
そうして行軍を再開した矢先、ウタネはまたも問いかける。
「二人は、今まで――誰も消さなかったの?」
後ろを振り返り、固まって放置された男を見遣って彼女は問う。
その表情は若干暗く、その心情はある程度察することができた。
「ああ、結果としては消してない。リョウカも、そうだよな?」
「はい。でも――」
実際二人は誰も消してこなかったから、そう答えるしかない。消そうとしたことはあったが、それは別の話だ。
リョウカもそれを肯定しつつ、しかしウタネの表情を見て付け加える。
「個人的には、誰かを消してしまった人を悪いと責めることはできないと思います。誰だって、自分の身が可愛いですから」
ウタネは、ここまで勝ち残る上で少なくない人数を消してきているはずだった。彼女の暗い表情が、それを思ってのものだとしたら。
その行いは正しくなくとも、仕方のないことだ。だから、必要以上に引け目を感じてほしくないと、リョウカはそう思った。
「そうだな。俺たちにはたまたま、ミコトっていうちょっと頭のおかしい奴が居ただけだ」
そんな機微を察したのか、ユウもそう言ってちょっとおどけてみせた。
ユウもリョウカも、今は心からミコトの方針に賛同している。だがだからと言って、誰かを消した人を責めるのは違う、とも思っている。
「……ありがとう」
二人の言葉に、ウタネは感謝を告げる。
そして唐突にケータイを取り出すと、パシャリと一枚写真を撮った。気付けば足を遅めたウタネは最後尾になっていて、彼女が取った写真にはユウとリョウカがバッチリ写っていた。
「なに?」
そのままケータイを操作する彼女に、リョウカは戸惑いながら問いかける。
「ん、なんか嬉しくって。ちょっとメモしとこうかなって」
操作を続けながら、ウタネは薄くはにかんでそう答える。
しばらく何か打ち込んだ様子で、それを終えるとケータイをしまい、顔を上げる。
「私、このゲームが始まってからこうやって記録を残してるんだ。いろいろ、忘れたくないこととか、忘れちゃいけないこととか……あると思うから」
そして、その行動の意図を説明した。
その表情は穏やかで、でもどこか複雑に歪んでいて。彼女の抱えてきた葛藤が、少しだけ見えるような気もする。
「うん……クソみたいなゲームだけど、忘れちゃいけないこともいっぱいある。過去を糧に成長できるのが、人間のいいところだし」
ウタネのその思いと行動に感心しながら、ユウはそれを肯定する言葉を並べる。
このゲームを肯定することは、絶対にない。
ただ、そんな中でも――いや、こんな中だからこそ、学べることはある。
「……そうですね。その記録、後で私にも見せてくれる?」
リョウカも穏やかな表情で、ウタネにそうお願いした。
ウタネのこれまでのことを知りたい。その思いは、驚くほど素直にリョウカの中から出てきてくれた。
「うん、いいよ。全部終わるときに、一緒に見よ」
そんなリョウカに、ウタネは笑ってそう答えた。相変わらず締まりのない、にへら、という笑顔で。
また一つ、大切な約束を結び――ゲームはまだ、続くのだった。
章の途中ではありますが、しばらくお休みをいただきます。
再開予定は<11月24日(土)>です。
詳しくは活動報告にて。
2018/11/3 白井




